文学のなかの生命

第1回 魂の剰余

2014.08.07更新


 「文学のなかの生命」というテーマで、なにかを書いてみたいと考えていた。「生命」をテーマにした文学でもなく、文学の言葉が持つある種の「生命力」といったような力強さについてでもない。それは、文学のなかにえもせず描かれてしまった「生命らしさ」のようなものだ。

 文学の専門家でもない僕が、「文学のなかの生命」というテーマで、文学について語ろうと思っている。「文学」と「生命」という言葉はずいぶんと遠いものにも思えるが、この二つの言葉を並べる理由も、連載を読んでいるうちに漠然と伝われば嬉しい。

 文学を語りながら生命について語り、生命を語りながら文学について語る。もしかすると、大きく話が逸れながら行ったり来たりと蛇行していくかもしれない。しかし、そんな曖昧な領域でしか語れない何かがあるような気がしている。

 この連載では、いくつかの文学作品を選びながら、そこで語られてしまった生命を、あるいはその描写を通じて生命というものの性質について、ゆるやかに書いていこうと考えている。ごく素直に言えば、文学を読むとき、僕はどうもある種の「生命らしさ」を見てしまうのだ。少なくとも、そう思える作品がいくつかある。それを共有できたらと思って、随想(エッセイ)のような形で文を書く。

 ひとつ、期待することがあれば、「正統な」文学の読み方ではないはずだから、少し違った角度で文学を楽しむきっかけになればということだ。


はじめに

 僕は、「科学哲学」(*1) という学問分野で研究をしている。聞きなれない言葉かもしれないし、真逆の言葉が並んでいると思う人もいるかもしれない。幾分か教科書的になってしまうが、はじめに、この連載の背景になるであろう、科学と哲学の関係について書いてみる。

 「科学」という学問と「哲学」という学問は、ここ100年か200年かの間にすっかりと遠いものになってしまったが、人類の長い学問の歴史においては、両者の間にほとんど違いはなかった。正確に言えば、「科学」は「哲学」の一部だった。17世紀を代表する物理学者ニュートンは自らを「自然哲学者」と名乗り、18世紀を代表する文学者ゲーテは自らを「自然研究者」、あるいは「自然愛好者」と呼んだ。古代ギリシアの哲学者プラトンは数学者で、アリストテレスは生物学者だった。

 事実、科学「science」という言葉の語源はラテン語の「scientia」に由来するが、これは単に「知識」という意味を表す言葉で、現在でいう「自然科学」という意味合いは17世紀頃から徐々に定着していったもので、それ以前の「科学」は「哲学」の名の下に行われてきた。

 よく知られるように、哲学「Philosophy」の言葉は、ギリシア語の「知Sophia」への「愛Philo」という語に由来する。紀元前5-6世紀頃にギリシアで花開いたこの学問は、純粋にこの地上の世界にまつわる謎を考えるための、自然科学も含んだあらゆる人間の知を総動員する営みだった。

 「哲学者」と呼ばれる人々が出てくる以前、世界のすべては神が説明した。神話の歴史が書かれたヘシオドスの『神統記』を読むと、まずこの世界に巨大な空間(カオス)ができて、そこに大地(ガイア)が生まれる。天(ウラーノス)が生まれ、時間(クロノス)が発生する。他にも「夜(ニュクス)」や「海(ポントス)」といった神々が登場するが、これらは何の説明もなしに、あるいは何の論理的な理由もなしに「史実」として語られている。神話の時代においては、大地や空、あるいは時間といった世界の構成要素はすべてそれ自体が「神」である。神は世界そのものであり、神こそが世界の成立や進行における最も説得的な「説明原理」であった。

 ところが、紀元前6世紀頃に登場し、しばしば「最初の哲学者」と称されるミレトス学派のタレス(Θαλής)は神話の世界から脱出している。彼は「万物の根源はなにか」という問いを自ら発し、それに対して「水」であると答えたが、タレスの考えた「水」は、オリントスの水の神ティアマートやヌーンなどの神話的な「水」ではない。どちらかといえば、この時点で現在の「科学」が考える「水」に近くなっている。

 実際タレスは気象学者でもあり治水工事を担当する行政官でもあった。アリストテレスの残す逸話によると、ある年の天気を予報したタレスはオリーブ油を絞る機械を大量購入して大儲けしたという。また天文学者でもあり、前585年の日蝕の予知にも成功したタレスは、やはり紛うことなき「科学者」だった。

 タレスの哲学は、超自然的な神ではなく、自然の原理としての「万物の根源(=水)」という問いに向けられていた。そしてタレス以後、万物の根源を「空気」であるとするアナクシメネスや、「火」であるとするヘラクレイトス、そして「原子」であるとするデモクリトスらの後続者たちが出てくる。「万物の根源」という問題設定によって、人は神話からではなく、理性(ロゴス)によって世界について語るという、新しい「説明原理」を獲得した。

 そしてこのイオニアの「自然哲学」(*2)を経てようやく、ソクラテスやプラトンといった聞き慣れた哲学者たちが登場する。


 唐突だが、「人工知能の起源はソクラテスである」と言った哲学者がいる。H.ドレイファスというアメリカの哲学者だ。人工知能とは、コンピュター上で人間の知能を模して構成される「知性のモデル」のひとつだが、実際には論理回路を使った推論過程のことだといってよい。ドレイファスは、つまるところ人工知能の本質とはコンピュター上に知性を再現することではなく、人間の知性を論理的な手続きに還元する思想のことだと言ったのだ。

 ソクラテスはなにを語ったか。まずデルポイの銘文「汝自身を知れ」である。あるいは「無知の知」として知られる、「自らが知らないことを知っている」こととしての知性である。この教えはいずれも、「自らを知る」という自己言及的な問題に関わっている。

 こうした問題設定は、今でこそ自明なものとして映るが、ソクラテスの生きていたギリシアの世界においてはそうではない。神話の世界においては、自己は神によってのみ決定されるのであり、自ら知り得るようなものではない。

 あるいは、イオニアの自然哲学はどうだろうか。タレスやヘラクレイトスといった自然哲学者たちは、「自然」について語ったのであり、「自己」について語ったのではない。その意味で、イオニアの哲学者たちは「科学」の起源であり、やはりソクラテスこそが「哲学」の起源である。

 これは、西洋世界における「魂(心)」の「発見」でもある。そして、この人類が初めて哲学という思考において成し遂げた「魂の発見」は同時に、「心と自然との分離」でもあり、「心と身体との分離」でもあった。ソクラテスは、自己を神や自然、そして身体からも切り離し、自己自身の最も純粋な知性としての「魂」を完成させた。

 実際、ソクラテスが「魂」を表す言葉として使用した「プシュケー(Ψυχή)」というギリシア語は、それ以前の神話の叙事詩『イーリアス』では「血」、という<身体>に近い意味で使用されていたり、あるいは当時のアテナイでは身体から抜けだして外を吹く「風」、のような<自然>と繋がった概念として理解されたりしていた。また、後のアリストテレスにおいてでさえ、プシュケーは動物や植物も含めた「生命を生命たらしめる力」として語られ、身体や自然と密接に交わるひとつの「生命力」のような存在であり、それらと分かたれた純粋な「魂」としての「プシュケー」を決定づけたのは、ソクラテスである。

 古典哲学の研究で知られる、哲学者ハヴロックはこう書いている。

"紀元前5世紀も終わりに近づいたあるとき、少数のギリシア人たちがみずからの「魂」について、それがまるで自我や人格をもつかのような意味で語るようになった。「魂」は自律的になり、大気の一部でも、宇宙的な生命力の一部でもなく、実在とか真の実体とか呼べるものになったのである。"
――『プラトン序説』

 「汝自身を知れ」はその意味で、自己(魂)とそうでないものを切り離す、人類最初の「自己言及の指令」だったと言えるかもしれない。

 このイオニアの自然学からソクラテスのギリシア哲学への移行に、科学と哲学のゆるやかな分離の第一歩がある。ちなみに、この壮大なプロジェクトは約2000年の時を経て、17世紀の哲学者デカルトによってひとつの到達点を迎える。デカルトは、「思惟」をその本質とする「精神」と、「延長」をその本質とする「物質」を明確に区別した。以後、近代哲学は精神(心)を、近代科学は物質を、その研究対象の中心とすることになる。


 イオニアの哲学では、「魂(心)」についての説明よりも自然についての説明が優先されたが、ソクラテスは執拗に「魂(心)」について問うた。それ故、ソクラテスにおいて初めて、「徳(倫理)」が哲学にとっての重要な課題になり得たのだ。

 ソクラテスは「徳は知識である」と言った。「善く生きる」ということは、「善く知る」ことによって可能になる。ドレイファスが注目するのはこの点だ。徳を知識であるとするソクラテスは、心を形式化可能な知識の一部とみなしている。仮に心が知識として形式化され、論理という技術によって操作可能な対象であるならば、人工知能は可能である。ドレイファス自身は、人工知能に対する最も痛烈な批判者だが、それは人工知能というひとつの技術に対する批判ではなく、人工知能という思想に込められたソクラテス以来の西洋哲学における心に対する捉え方全体への批判である。

 僕が、ソクラテス−ドレイファスの思想において重要だと考える点は、彼らがいわば「心のモデル」というものを創造したことにある。すなわち、心とは、あるいは知性とは、はじめから人間に与えられたひとつの機能ではない。それは、歴史のある段階で、誰かが(この場合ソクラテスが)考案したひとつの「仮説」である。神話の世界やイオニアの自然哲学における魂の位置付けが異なったように、ソクラテスは「心のモデル」を「創造」したのであり、ドレイファスはそのことを読み解いた。

 心とは、形式化可能な知識とそれに基づく論理的な手続きの遂行である。しかもそれは、自然現象や物質とは切り離された、純粋な思惟によって得られる。ドレイファスの読み取ったソクラテスの要約は、確かにある種の乱暴さを含んでいるが、西洋の哲学と科学の歴史全体を整理する、ひとつの重要な視座であるはずだ。


 最後に、少しだけここで「文学」との関係性を見て、今回の記事をひとまず区切りたいと思う。

 仮に、心というモデルがひとつの仮説でしかないのであれば、そのモデルからこぼれ落ちた様々な感情や知性、モデル化や体系化することはできない、漏れだした別の心のあり様、といったものがあるはずだ。「文学」が捉えようとしてきたものは、そうしたものたち、かつて自然や身体と共にあった、もっと雑多で多様な、ある種の生命らしさ、「心のモデル」から排除され、その外部に漂い続けてきたものたちではないだろうか。そう考えるようになって、僕には文学者たちのやってきた作業が、膨大な「心のバリエーション」を蓄積してきた歴史のように思えてきた。そのことについて、これから少しずつ書いていきたいと思っている。


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(*1)学術領域において20世紀以降に使われる狭義の「科学哲学」という言葉は、論理学や言語論を基本とした英米系の哲学として定着しているが、広義に科学哲学という言葉を使うこともある。本連載では、専門的な規定や事情は割愛する。
(*2)ギリシアで展開されたソクラテス以前の哲学として、小アジア沿岸のイオニア植民市で生まれた哲学を「自然学」または「自然哲学」と呼ぶ。

参考文献
ヘシオドス『神統記』(岩波文庫)
F.M.コーンフォード『ソクラテス以前以後』(岩波文庫)
H.ドレイファス『コンピュターには何ができないか―哲学的人工知能批判』(産業図書)
エリック.A.ハヴロック『プラトン序説』(新書館)

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下西風澄(しもにし・かぜと)

1986年生まれ。東京大学大学院iii博士課程在学。ESMOD JAPON非常勤講師。専門は科学哲学。主にシステム論/現象学アプローチから生命や意識を探る哲学研究。 「むき出しの知性」(『建築雑誌』2013年9月号)、「色彩のゲーテ」(『ちくま』2014年8月号)など。

http://kazeto.jp

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