文学のなかの生命

第8回 空の情感、夢うつつ

2016.02.10更新

冬は真実のように凍てつく。

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女よ、カフエの女よ ... 冬のように無惨であれ、本当であれ (高村光太郎)
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二月の太陽は冷たい朝の空気を温めきれず、午後になっても陽は玲瓏として透けている。庭の椿は緑の葉をいっそう強ばらせ、紅い花が喉元のブローチのように顔を澄ましている。

十六時半を少し過ぎる頃、空の透明度は限界を迎え、夕景に向かって淡く色づく前のほんの数分、空は銀色に光る。

折々の季節に綴っているこの連載の原稿を、幾日か前におおよそ書き終えた。締めくくりを思案している夕方、窓から空を見上げると銀色の空が頭上にあった。ふとそれを見つめていると、考えていたことがすべて虚空に消えていくような気がして、書いたものを捨ててしまった。書き終えた文章を捨てるのは、子を捨てるようで悲しい。

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枝々の拱(く)みかわすあたりかなしげの 空は死児等(しじら)の亡霊にみち まばたきぬ 
(中原中也)
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もともとこの連載は「随想」として始めたつもりだったけれど、ひとつの作品を前にするとどうも肩肘を張ってしまう。今日はほとんど「日記」のように、頭に浮かぶ詩句を「栞(しおり)」のように挟みながら、書いてみたいと思う。

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空はあまりに多くの情感を湛えている。嵐の去った翌日の朝の空を見上げると、澄んだ川の底を泳ぐ魚のような気分になるし、胸が梳くような遠い秋の空は古い記憶をそっと消してくれる。夕暮れの手前、空の端にはぐれたように浮かぶ薄細い雲は金色の獅子の毛のように見える。

昔から空を見ることが多かったが、ここ最近は特によく眺めた。昨年の暮れから年末にかけて、どうも眠りの浅い日々が続いていて、なんだか日中からぼおっとすることが多かったからかもしれない。

そのしばらくの数週間、寝ていてもどこか起きているような、起きていてもどこか寝ているような気がしていた。眼前の風景がどこか淡く、人の声さえ輪郭がぼんやりと聴こえた。現実感覚がゆらゆらとして、少し集中を解くとそのまま自己の外殻を失って世界に溶けてしまいそうだった。

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象(すがた)を幽かに保つことは 心を幽かに澄ますことだ (北原白秋)
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眠りはどこか死に似ている。浅い眠りは、死への生の混入であり、真昼の眠気は生への死の浸入である。それは、生と死の隙間、そのメタファー的経験でもあるかもしれない。

当たり前のことだけれど、僕たちは生きると同時に死ぬことができない。僕たちは常に生か死の二択を迫られている。生とはなにか、死とはなにかともし問うならば、言語的構築物の頂きに座す形而上学はかくも厳格な真理を提示する。

この逃げ場のない現実の屹立に、哲学者キルケゴールは「生きることもできない」かといって「死ぬことさえできない」病としての「絶望」を見た。

しかし、世界はもう少しなだらかで、前後から否応なく押し迫る生死の壁は、鈍重であるよりは薄弱で些細なものなのかもしれない。むろんそれは、これ以上ないほど深刻な些細さであり、むしろ薄氷の悲しみである。

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私たちは光りながら死ぬのだらうと 誰が誰に小声で語ったのだろうか  (立原道造)
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二十四歳で世を去った早世の詩人・立原道造に、死は絶望の咆哮であるよりも自然の囁きとして訪れたのだろうと思うし、死を見つめたその眼には、いつだって宥和の光が映っていた。


年が明けた頃、浅い眠りは終わりを迎え、また区切りのある日々が戻ってきた。朝が来て、昼を過ぎ、夜が更ける。星たちは飽きることなく僕たちの時を一定の周期で区切り続ける。

神ははじめに光と闇を切り分けて、それぞれを昼と夜と呼んだ。生命はこの区別を認識して、身体を同期するために視覚を獲得した。多くの生物たちが光の最中に活動し、闇の来訪には瞳を閉じて眠りについた。

人は、夢を見るようになった。夢ははじめ未来の予言として霊性を帯び、文明の発達とともに意識下の脳活動へと姿を変えた。眠りと覚醒の区別は意識の活動状態の程度の差でしかない。脳は常に動き続け、イメージを生成し続ける。厳密に現実と夢とを区別することは不可能であるとすれば、現実とは外界に制約された夢にすぎない。

もし仮に、現実と夢、覚醒と眠り、それが生と死のメタファーであり得るのなら、僕たちはどのようにしてそこに厳格な仕切りをつくることができるだろうか。


歌人・西行は『山家集』のなかでこう詠う。

「うつつをも 現とさらに思はねば 夢をば夢と 何か思はむ」

この現実を現実と思えないならば、夢を夢と思うこともできない。僕たちは、目が覚めたから現実を生きているのではなく、眠ったから夢を見るのではない。現実は単に現実として成立しない。現実は現実を現実として認識すること、つまり現実の再認/追認という、僕たちの積極的な行為によってのみ現実として成立しうるのだ。

そうでなければ、現実は容易に夢へと、いや夢も現実の自覚によってはじめて生起するものだとすれば、現実でも夢でもない、現実と夢が分岐する以前の混濁の世界へと連れ去られる。西行の詩は、現実と夢の脆い緊張を描くことで「現実の仮面」を暴き、いわば「原(プロト)-現実」とでも言うべき「現実の起源」を瞬間的に呼び起こし、浮かび上がらせている。


僕は、この浅い眠りの日々のなか、こうしたことをそれこそ夢のように、薄ぼんやりと考えていた。そのさなか、意識には時折、さまざまな詩人たちの言葉が「栞」のように、あるいはこの不確かな現実につき刺さった「棘(とげ)」のように、挟み込まれて響いた。

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世界は移ろふ青い夢の影である (宮沢賢治)
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詩は、眼に見える現実を超えて、剥き出しの現実を直に握りしめようとする言葉の腕(かいな)である。「詩の栞」は、意識に滴る秘薬のように、現実と夢を橋渡す。

空は晴れてきて、冬の日の光に青い夢の影がちらちらと移ろっている。


二〇一六年・晩冬

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下西風澄(しもにし・かぜと)

1986年生まれ。東京大学大学院iii博士課程在学。ESMOD JAPON非常勤講師。専門は科学哲学。主にシステム論/現象学アプローチから生命や意識を探る哲学研究。 「むき出しの知性」(『建築雑誌』2013年9月号)、「色彩のゲーテ」(『ちくま』2014年8月号)など。

http://kazeto.jp

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