実録! ブンヤ日誌

第7回 歌人と18番

2010.05.10更新

小学3年生だった1988年のある日。国語の教科書の中で革命的な言葉と出会った。

「『寒いね』と話しかければ『寒いね』と答える人のいるあたたかさ」

前年、歌集「サラダ記念日」が260万部を超えるベストセラーになった俵万智の短歌だった。冷たい空気から人の温もりを描くパラドックス。恋人の手編みのニットや白い息なんかを想像してしまう冬の情景。今読むと、正直どうってこともない一首だが、当時の僕は、たちまち魅了された。国語の時間になると、時折ページを開いては眺めていた気がする。日本語は面白い、美しいと思った最初の体験だったように思う。コロコロやジャンプだけじゃなくて「字ばっかりの本」を読んでみようと心に決めた僕は、無理して親父の文庫本を手に取り、文章を読んだり書いたりする行為に少しずつ惹かれていった。

とは言え、小学3年生は小学3年生。夢中なのはファミコンだ。当時、外遊びから帰った後に「ファミスタ」で兄貴と対戦して夕食を待つのが恒例だった。僕は必ず「Gチーム」を選んで、先発投手には「くわわ」を選択した。対する兄貴は「なんで『くわわ』なの?バカじゃん?『がりい』は150キロ出るし、変化球なら『さいとと』の方が曲がるし」と忠告した。その通りだった。「くわわ」のフォークは、たまに落ちずに絶好球になって「Lチーム」の4番「きよすく」のバットの餌食になった。でも、それでも僕は「くわわ」を選び続けた。「くわわ」が桑田真澄だったからだ。他に理由などない。ただ桑田が好きだったから、ただ桑田になりたかった。


 2010年4月、仙台市内のホテルのラウンジにて。目の前に座った俵万智は、あのギョロッとした目で僕を見ていた。国語の教科書に載っていた著者近影と同じ目だった。そして、30歳になった僕は時を超えて聞くのだ。
「あの一首ですけど、ホントに誰かに『寒いね』と声を掛けて『寒いね』と返事が返ってきたんですか? それはどんな状況だったんですか?」。

歌人は、四半世紀前の一瞬を懸命に思い出す。
「そうですね~。確かにそういう人はいました。で、その人とどこかに遊びに行った時の会話でしょうかね~。たしかに『寒いね』と言った時に『寒いね』って答えたような気がします。正確な言葉では「今日は本当に寒いねえ」「そうだねえ」みたいな感じだったのかもしれないですけど。そのような会話はありましたね。で、あ、コレだと」

 2010年4月、代官山のレストラン。目の前に座った桑田真澄は、あの頃のジャイアンツについて語っている。やはり30歳になった僕は、ワクワクしながら聞く。
「ガリクソン(ファミスタでは『がりい』)と英語で何をしゃべっていたんですか。テレビ中継でベンチで話しているのをよく見て、ずーっと気になってたんですけど」
18番は、ちょっとテレたように言う。


「そうだね。人生について、よく話をしたね。どうしても言葉の壁があるから、こっちからコミュニケートしないと孤立しちゃう。だから僕としゃべることで彼の気持ちが少しでも和んでくれればいいと思ってました。彼からは『楽しむ気持ちを忘れるな』って教わった。真剣なのはもちろん大事、でも楽しまないといけないよってね」


新聞記者稼業をやっていると、問い掛けた瞬間から答えを待つわずかな一瞬の間に甘美な思いに震えることがある。そして、たったひとつの問いと答えが、宝石のように心に残っていく。


2006年、巨人のユニフォームでの最後のマウンドを終えた桑田を取材した。ベンチ裏で開かれた会見で「最後の質問で」と言われた瞬間、僕は手を挙げて聞いた。
「桑田さんにとって、200勝とは何ですか?」
18番は、真っすぐに僕の目を見て言った。
「僕の美学です。目標に向かって努力していく姿勢が男の美学だと思う。今までも、そう信じて生きてきました」

僕は、出来ることなら8歳の僕に伝えたいと思った。小さなブラウン管に向かって必死に「くわわ」を操作する小学3年生に。「男の美学を持って生きろ。だって、あの『くわわ』が言ってるんだぞ」

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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