実録! ブンヤ日誌

第11回 小沢一郎を撮る

2010.07.05更新

「小沢を撮ってこい」。デスクの指令は極めて明確かつシンプルでした。参院選公示日(6月24日)前夜のことです。選挙戦初日、山梨県内に潜伏するらしい闇将軍を激写せよ、というのが任務でした。命じられれば完遂してトーゼン。失敗すればダメな子。ふう・・・。サラリーマンはつらいです。

「えっ? 記者でしょ? 写真はカメラマンが撮るんじゃないの?」と思われる方もおられるでしょう。さようです。阿部のホームランも本田のフリーキックも、撮るのは写真部員です。ただ、新聞に掲載する全ての写真を専門のカメラマンが撮るのは人員数的に不可能。そこで腕を試されるのが記者になります。「記事を書くのが仕事です」とか「撮影技術を学んだことありません」などの言い訳はたわごとになっちゃいます。撮れるか撮れないか。記事は後で手を入れることもできますが、写真は存在しなくてはどうしようもない。当然、他の新聞に載っていて自分の新聞には載せられなかった、なんてことが発生すれば責任を問われます。やれやれです。

翌日。僕は山梨県南アルプス市の慈眼寺というお寺の敷地内で、木々と墓石の間に隠れていました。小沢が政界の師匠である故・金丸信自民党副総裁を墓参するとの情報を聞きつけたからです。かつての権力を象徴するかのようにそびえる巨大な墓石を遠巻きに眺め、待つこと数時間。某写真週刊誌カメラマンとの談笑のネタも尽きてきた頃、あのガハハ声が遠くから聞こえて来るではありませんか。きっ、来た来た来た来た!!

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僕は木陰の片隅で、ほふく前進的姿勢のままファインダーを覗き込みます。すっかり気分は暗殺を企てるデューク東郷。行くぜ! 頼むぞキャノン・イオスキス(フツーのお父さんが行楽でファミリーをパチッと撮るようなフツーのデジカメ)! 懐かしのニコちゃん大王みたいな顔を視界に捉えると、狂ったようにシャッターを切りまくりました。

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大学生の頃、雑誌の「text & photographs by~」というクレジットに異様に憧れていました。文・写真~というやつで、紀行文のページなんかでよく見られるスタイルですね。自ら書いた文章に、自ら撮った写真群を添える。たったひとりで世界を完結させる、ということに惹かれました。よ~し、オレもいつかはライカを片手に世界の街から街へ・・・。

数年後、自分なりの「text & photographs by」の世界を小沢一郎が彩るなんて想像だにできませんでした。人生ってなあ不思議なもんだなあ、と思うのです。だってオザワですよ、オザワ。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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