実録! ブンヤ日誌

第13回 インタビュー

2010.08.09更新

平凡なシティホテルの一室から、林葉直子は遠くを見ていた。窓辺のソファにもたれ、煙草をくゆらせる。ある時、震えた指先から灰がカーペットに落ちた。「あ~」。やせ細った彼女は苦い顔をして笑い声を上げた。今の自分への嘲りの声に聞こえた。僕は尋ねる。

「昔のこと、後悔してますか?」

食道炎、胃炎、痔でボロボロの体になった元女流棋士、そして元ワイドショーの寵児は即答する。

「はい、そりゃあもちろん。だって私、不倫とかしてなければ今でも普通に将棋指ししてると思うから。幸せだったんだろうな~とかね。だからね、不倫はするもんじゃないですよ。特に同業者とは。キャハハッ」

15年ぶりのプロ棋戦は翌日、18時間後に迫っていた。

記者になって8年。ざっと調べて300回ほどのインタビューをしてきた。プロ野球選手、五輪選手、かつての名選手、政治家、作家、漫画家、冒険家、女優、アイドル、AV女優、業界人・・・。スポーツ新聞に登場しそうな職業人には、たいてい会ってきたのかもしれない。

もちろん相手にもよるが、インタビューをする度に新しい緊張がある。「会うのが楽しみ」なんて余裕はない。開始時間が午後の場合は、まず昼食を食べる気にはなれない。徹底的に資料を読み漁って質問を練る。相手が話しやすい流れを生み出すために、どんなタイミングで何を話すべきかを考える。なぜだか先輩が方法論を教えてくれることはない。常に1人で模索してきた。

2005年、インタビューの名手と言われたライターの永沢光雄さん(翌年他界)に極意を聞いたことがある。咽頭ガンで声を失っていた彼は、ノートに「相手に、こいつは何もできないなあ、と思わせて、男であろうが女であろうが、相手の母性本能をくすぐってしゃべらせちゃうこと」と筆談してくれた。なるほど、と思いながら「これは名人にしかできない」とも思った。少なくとも僕にはできない。失敗した時のリスクが高すぎるからだ。僕は人と会うと決まったら、来歴やデータ、書いたもの、映像、新聞、雑誌の資料などを総動員して調べまくる。そして実際会った時は「そんなことまで知ってるのか。じゃあ喋ってみようか」と思ってくれるように仕掛けることが多い。正攻法だけに、突拍子もない会話には発展しにくい。だから、いかにしてベーシックでありながら少しアヴァンギャルドな方向にも向かってくれるように工夫する。

取材することを生業にする人間にとってインタビュー以上の真剣勝負はない。リングであり打席でありPK合戦でもある現場だ。ビートたけしに「日本お笑い史」という壮大なテーマについて25分で聞かなければならない状況に立たされた時は、しょうがないから一生のうちで最も集中した。「聞けるか聞けないか」は「殺るか殺られるか」と同意。時の人を狙うことも多いから、他社とタイミングがカブることも多い。冒頭の林葉も、1時間前に日刊スポーツの記者と会っていることを僕は知っていた。翌日紙面は並べられ、勝敗は明白に出る。絶対に負けられない戦いが、そこにはあったのだ。

エラソーな言葉を並べたが、8年もやっていてなかなか上達しないのがインタビューの難しさでもある。「よおっしゃ! 完璧だったぜ!」なんて思えたことは皆無だ。ベストでも85点ぐらいで赤点は数え切れない。でも、反省の連続だからこそ面白い。日常から真剣勝負が消えてしまったサラリーマンにとっては、ヒリつくような時間には何より代え難い魅力がある。また、会いたい人に会って、誰にも話したことのないストーリーを引き出してやろうと思っている。

翌朝の林葉直子は、トロピカルなレインボーカラーのワンピース姿で対局場にやってきた。体調はすこぶる悪そうで、足取りはフラフラ。対局どころか倒れるんじゃないかとさえ思った。巨大なシャネルマーク入りの薄汚れたハンドバッグが、なぜか妙に心に残った。

15年ぶりの対局は、序盤こそ往年の攻撃センスを見せて優位に進めたが、中盤に初歩的なミスがあり、最後は一方的に敗れた。

その後の会見。林葉は再び笑って言った。

「不倫はしちゃいけない。特に同業者とはね」

今後は将棋界への本格復帰を目指すらしい。また話を聞く機会もあるだろう。僕の勝負も続くのだ。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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