実録! ブンヤ日誌

第19回 書物がつなぐもの

2010.11.15更新

スポーツ新聞の社会面で働いていると、否応なくいろんな仕事をします。事件、政治、話題、外電、街ネタ、人モノ、囲碁将棋・・・。どれもなかなか面白いのですが、僕が何より好きなのは毎週一回掲載している書評+著者インタビュー欄の取材です。あのように幸福な仕事はない、と断言できます。

本を読んで興味を持つ→著者に会いたい→会う→話をする→書く→記事が掲載される→読者の誰かが「読んでみようかな」と思う(かも)→本を買う(かも)→興味を持つ(かも)

誰も裏切らず、誰も傷つけません。巨大スポンサーのしがらみも、有力芸能事務所のバーターも、大口株主への配慮も、ネタを得るためのしたたかな計算も介在しません。ただ、会いたいから会う。古来より新聞記者が、というより人間が抱いてきた純粋な思いに動かされるだけです。会いたい人に会えて、聞きたい話を聞けて、オリジナルな記事を書けて、おまけに給料までもらえちゃう。僕は幸せ者です。

社会部に在籍した2002~2003、2004~2005、2008~現在の3期間で、様々な書き手と会ってきました。

沢木耕太郎、石川直樹、小林紀晴、角田光代、さだまさし、稲泉連、笹倉明、川上弘美、市川拓司、朱川湊人、永沢光雄、新井敏記、沢木耕太郎(2度目)、
リリー・フランキー、千原ジュニア、穂花、はるな愛、石井光太、大平光代、磯崎憲一郎、野村克也、桑田真澄、俵万智、香山リカ、岩崎夏海、小泉武夫、門田隆将、大平光代(2度目)、清武英利、デヴィ夫人

まれに例外として、上司からやれと言われるケース、広告局から頼まれることもありました。しかし9割方は、ただ会って話を聞いてみたいと思っただけです。

直近では「朝リーディング」というビジネス書(!)を出したモデルの長谷川理恵さんに会いに行きました。ランニングをする人というイメージの方ですが、同書を読んでみると、なんと過去15年以上、年間約300冊もの本を読んできた超読書家らしいのですね。しかも、必ず毎日朝イチにお風呂のなかで1時間以上読むとか、にもかかわらず小説を一冊も読んだことがないとか。なかなか面白そうだ、と思い立ったら吉日。すぐに連絡し、取材することになりました。

男子として「美人に会える」というヨコシマなモチベーションも加わり、意気揚々と現場へと赴きました。ところが、です。部屋に入った0・5秒後には「あ、こりゃダメだ」と直感してしまいました。
長谷川さんが異常なほど疲労困憊した様子で、とてもじゃないけど本について楽しいトークを展開できるような雰囲気ではなかったのです。なにやら、連日早朝からテレビCMの撮影が続いていて、相当ナーバスになられていたようなのです。会ったのは夜で、翌日も早朝から撮影があるとのこと。ま、フレンドリーなテンションを求める方が無理って状況です。

予想通り、インタビューは平坦なものになっていきました。もちろん、聞けば答えてはもらえるのですけど、イキイキとした問答には発展していきません。僕なりの技術を駆使して打開を図りましたが、なかなかうまくは転びませんでした。さらに、こちらは女性誌ではなくスポーツ新聞。「ちょっと気持ちがダウンした夜にアロマをたきながらページをめくりたいと思う本は?」などという質問をしても読者は喜びません。出さなくてはならないのは、あの人の名前です。
「そーいえば、たしか石田純一さんも読書家ですよね」。
ただでさえ湿っていた空気は、一気にピキピキと凍りつきました。「読書家なんて今知りました。本の話なんてしたことないです。書評誌で難解な本を紹介? へえ。それは知りませんでした」。無表情のままピシャリと返されてしまいました。

決して白熱することのないインタビューも終わりの時間を迎え、すごすごと現場を退却する時、僕はカバンに忍ばせた一冊の本のことを思い出しました。
「そーだ、これ、取材受けていただいた御礼ってわけじゃないんですけど」
写真家・星野道夫さんの「旅をする木」という文庫本を手渡しました。自然派志向の人に最も打率が高い本と考え、贈ったのです。

すると、小さな奇跡が起こったのです。アイスランドの氷のような顔をしていた長谷川さんの表情がまるでアルプスの少女のように変化したのです。
「あっ。星野さんですか~。たしかもう亡くなられた方ですよね。気にはなっていたんですけど今まで読んだことがなくて。すっごく嬉しい。ぜひ読ませていただきますね」
その後の写真撮影では、うち解けた笑顔を見せてくれました。トップモデルの技術だとは思うのですが、本を渡す前と後では大きな違いがあったように思えてなりません。

選ぶ本には、選ぶ人の個性が表れます。同じ欄に8年間も記事を書いていれば、読者の側も、本のセレクトから僕という人間のパーソナリティーを推察しているかもしれません。同じように、長谷川さんも「旅をする木」から僕という人間の端緒を見たのでは、と思うのです。

果たして彼女は、風呂につかりながら「旅をする木」を読んでいるのでしょうか。
いつか再び会うことがあったなら、まず始めに感想を尋ねてみたいと思います。悪くないインタビューになる予感がします。
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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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