実録! ブンヤ日誌

第24回 大横綱との一瞬

2011.02.14更新

角界に八百長問題の激震が走っている。僕は大相撲の担当をしたことがないので、めったなことは言えないが、なんとなくは思っている。たぶん、14人より多く八百長に手を染めている力士はいるだろうけれども、真剣勝負(いわゆるガチンコとゆーヤツですね)に生きる力士だってちゃんといるだろうと。

僕にとっての大相撲とは、水戸泉の塩まきも好きだったけど・・・貴乃花の鬼の形相なのだ。あなたは覚えているだろうか。2001年夏場所、14日目に右膝半月板損傷の大けがを負って歩行も困難となった貴乃花が千秋楽で武蔵丸を優勝決定戦の末に破った時の顔を。フラッシュに照らされた瞬間の顔は、勝負の世界の最高峰に達した者のみが有する熱を発していた。あれは八百長力士にはちょっとムリだ。伝統芸能にも不可能。プロスポーツプレーヤーとして真剣勝負に勝った力士にしか、あんな顔はできやしない。

時のライオン宰相は総理大臣杯授与の際に「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!」とシャウトして、ただでさえ高い支持率を上げ、長期政権の礎を築いた。かといって、あながち政治に利用しようとした発言とも思えない。あれはあれで、きっと素直な思いだったのだ。痛みに耐えてよく頑張ったと誰もが思ったし、僕だって感動した。震えるくらいに。

相撲担当をしたことはないと書いたが、たった1場所だけ相撲の取材をしたことがある。鬼の形相からちょうど一年が経過した翌年の2002年夏場所。前の月に入社したばかりの僕は、場所中のある日、相撲キャップに命じられた。

「お前は明日、二子山部屋の朝稽古見てこい。で、貴に『明日も稽古するんですか』って聞いてこい」

なんだか意図が良くわからなかったけど、ルーキーの仕事は従順に言われたことをやることだ。翌日、朝稽古が終わって、車に向かう貴乃花に背後から声を掛けた。

「よ、ヨ、横綱!」

平成の大横綱は、ピタリと足を止めるとくるりと振り返った。僕を見ている。クリクリしてるはずの瞳を異様に細くして。ええぃ、ままよ!

「あ、ア、明日も、ケ、稽古されるんですか!?」

数秒後、貴乃花は小さな声でポツリと言った。
「キミ・・・どこ・・・?」
「えっ、あっ、ホ、ホーチですっ」
「報知、か・・・。お相撲さんはね・・・毎日稽古するもんなんだよ」
「は、はい・・・」

すると、貴乃花は、ある意味でモナリザ的と言えなくもない謎の微笑を浮かべると後部座席のドアを閉めて黒塗りの車に乗り込んだ。
直立不動のまま、視界から車が消えるまで見送っていた4~5人のお弟子さんたちは、回れ~右の姿勢になった後、僕を叱りつけた。

「ちょっと報知さん! 横綱に失礼なことを言わないで下さい! 僕らが叱られるんです!」

あれから10年が経とうとしている。すっかり表情が柔和になり、ウソみたいに細くなった貴乃花親方がテレビに映ると、僕はあの一瞬のことを思い出す。

「お相撲さんはね、毎日稽古するもんなんだよ」

どうして相撲キャップがあんなことを聞いてこいと言ったのか、いまだに僕は知らないけど、思い出としては悪くない。最近では「あれは、いかにも新入社員然とした僕への『日々是精進、努力を怠るな』というメッセージだったのではあるまいか」などと超拡大解釈して楽しんでいる。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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