実録! ブンヤ日誌

第34回 さらば尾崎ハウス

2011.10.03更新

1992年4月25日の朝、歌手・尾崎豊が全裸で倒れていた場所に、2011年10月1日の昼、僕は立っていた。東京都足立区の民家の庭だ。目的は取材。「あのー、お話を伺いに・・・」。表の呼び鈴が鳴らなかったため、庭を回って居間の方に声を掛けてみると、キビシイお言葉が。「あーダメダメ! もう取材はダメ! 取材受けすぎて引っ越しの準備がまったくできてないのよ。ついに夫婦ゲンカまで始めちゃってよ。だからダメ! 申し訳ないけど」

19年前、小峰忠雄さん(72)と豊子夫人(70)は、自宅の軒先で倒れている尾崎を発見した。「尾崎豊」という名前も歌声も知らなかったけれど、死後、現場を訪ねてくるファンの後は絶えなかった。ある若い女性は毎日来て、毎日泣いていた。ある時、うずくまったまま動かないのを見かねた小峰さんが声を掛け、家に招き入れた。通称「尾崎ハウス」の誕生だった。ファンのために1階玄関脇の6畳間を開放し、交流、憩いの場として提供してきた。部屋は、持ち込まれるポスターや絵などで埋め尽くされ、それぞれが思いをつづったノートは70冊を超えた。バイトで渡航費をためてロサンゼルスから足を運ぶ人や、ハウスで知り合って結婚する男女もいた。小峰さんはファンの結婚式に3回出ている。「通信でもなんでもいいから高校だけは出ろ」と言い続けた女性は、今も子ども二人を連れて訪ねてくる。自殺を思いとどまらせたことは計り知れない。

ファンにとって伝説の聖地となっていた尾崎ハウスだったが、建て替えのために取り壊しにすることが決まった。そして取材に赴くことにした。

取材を断固拒否された僕は、出直し、少し時間が経った後で同じようにお願いしてみたが、やはり結果は同じ。だけどデスクに「取材できませんでした」と言うわけにはいかず、考えた末にある作戦を思いついた。「じ、自分、作業手伝いますんでっ! 力だけはありますんで!」。頭を下げまくる僕に、忠雄さんは「いーよ、手伝ってなんてくんなくてよ」とは言うものの、明らかに先程より態度が軟化。30分ばかり粘ったところ、豊子さんから「じゃ、すこーしだけ、荷物運んでもらえる?」との依頼が! 気がつくと、僕は玄関先に置かれていく荷物をトラックに詰め込んだり、ソファを2階から下ろす業務に従事していた。

汗だくになって作業を終えた僕に、下町の江戸っ子・忠雄さんは「じゃ、今から休憩するから、ちょっとだけだぞ」と声を掛けてくれた。お茶のペットボトルと各種せんべいを用意して。そして忠雄さんは言った。「尾崎にはよ、楽しい思いをさせてくれてありがとよって言いたいよ。これでオレも『卒業』だよ」

僕は、夜の校舎の窓ガラスを壊して回った経験はないし、盗んだバイクで走り出す前に二輪の免許持ってないし、君が君であるために勝ち続けなきゃならないとは正直思わないけれど、尾崎豊の音楽は好きだ。特にファーストアルバム「十七歳の地図」は、とてつもない名盤だと思う。「I LOVE YOU」「15の夜」「十七歳の地図」「OH MY LITTLE GIRL」「僕が僕であるために」など数多くの代表曲を収録しているのだが、驚くべきは、彼がほとんど中学生の頃にこれらの曲を書いてしまったことにある。学校や社会への反抗心をつづった歌詞が尾崎の象徴のように言われることが多いが、色褪せることのない音楽性を持った楽曲を若くして数多く書き残した者として、もっと評価されるべきなのではないかと思う。

アルバムの冒頭を飾る「街の風景」という曲が好きだ。特に疾走感のあるイントロが好きだ。今まで送っていた鬱屈とした生活を、歌うことで乗り越え、ポジティブな方向に駆け出していくような印象がある。そして尾崎は、これから生きていく上での位相を表明する。


無意味のような生き方 金のためじゃなく
夢のため 愛のため そんなものにかけてみるさ
追いたてられる街の中 めくるめく日の中で
思い思いに描いてく 歌い続け 演じ続け
人生はキャンバスさ 人生は五線紙さ
人生は時を演じる舞台さ
心のハーモニー 奏でよう ガラス作りの歌 奏でよう
無限の色を散りばめた 街の風景


今日10月3日。「尾崎ハウス」の解体が始まる。
空の上で、尾崎豊は何を思っているのだろう。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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