実録! ブンヤ日誌

第38回 予定のない男

2011.12.26更新

一見したところでは細身だが、よくよく見ると肩から胸元にかけた上半身の筋肉が異様に発達している男は、冷めたコーヒーをすすりながら言った。
「今はあんまり予定が決まっていないから心地いいですね。予定が決まってくると落ち着かなくなってくるんです。だから予定調和を打ち壊すような旅をしていたい。生きて帰ってこられないかもしれないような明日のない世界を行くことに憧れるんです。死んじゃうかもしれないけど」
角幡唯介は35歳の探検家だ。旅を、それも危険な旅をして、旅についての本を書いて生きている。

言い過ぎを承知で言えば、二十歳前後の健康な男子というものは皆、スケールの大きな旅をすることに憧れている。世界一周、ユーラシア大陸横断、自転車で北米縦断、深夜特急、印度放浪...。予定など何も決めず、運命に流されながら、奇想天外な出来事に巻き込まれながらのハラハラドキドキな冒険譚を夢想する。よーし、バイトで資金を貯め込んで、大学は1年間休学しよう。社会から解き放たれ、大自然や、混沌の街や、白地図だらけの世界に飛び出していくのだ。夢を見る彼の前には無限の自由がある。

しかし、実人生の条件が若者から旅の夢を奪っていく。お金がないから、時間がないから、バスケもしたいから、雑誌の編集もしてみたいから、就活するから、卒業するから、就職したから、結婚したから、子どもが出来たから、もうそんなトシじゃないから。

そうして、予定に満ちあふれた人生を送る。明日は午前6時に起きて満員電車の中央線に乗り込まなきゃ。8時からは会議だ。午後は法人営業が4件。夜は、あのクライアントの課長さんの接待が待ち受けている。「来月の27日ですか? えーと今、手帳見ます。あーダメですね。午前にアポイント入っちゃってます。再来月の第2週あたりは比較的余裕が...」

早大探検部時代、角幡はチベットにある世界最大の谷「ツアンポー峡谷」を探検する。たった5マイル分だけ峡谷に残された人類未踏地帯の踏破を目指すが、不完全な成果しか残せぬまま撤退。その後、就職もせず、建設現場でのアルバイトをしながら時間が出来れば山登りをするような生活を送る。そして、ふと就職してみようと思い立って朝日新聞社に入社。地方支局で記者として働き、仕事に充足感も覚えるが、あの未踏域のことが少しずつ脳裏をかすめてくる。

高い給料も、社会的地位も、安定した仕事も手にしていたが、結局は会社を辞めてしまう。そして、やり残した使命を卒えるため、あの峡谷に向かうのだ。

旅から帰った角幡は2010年にノンフィクション「空白の5マイル」を書く。そして翌年には雪男の存在証明に人生を賭けた男たちを追いながら、自らの雪男探索行を記録した「雪男は向こうからやってきた」を上梓。今はカナダ北極圏1600キロを人力踏破した記録「アグルーカの行方」の連載を雑誌「すばる」で開始した。次の旅は決まっていないが、再び極地を目指すことを切望している。
「冬の真っ暗な極夜の世界に行って、周囲何百キロも誰もいない世界で、1か月も2か月も誰にも会わない旅をしたい。そんな環境に身を置いて、それがどんな世界なのかっていうのを自分で知りたい。情報もないし、記録もないし、行けるかどうかも分からない。どんなに厳しい世界であっても、行けるかどうか分からない場所を自分なりの工夫で行くのは面白い」
「でも行っている間は、やっぱり早く帰りたいんです。早く終わらせたい。辛いですから。単調だし寒いし疲れるし。身体がボロボロになるし。東京でぬくぬくと生活する方が楽だし。そこそこうまいもの食って、酔っぱらって楽しい思いをして。そんな生活も楽しいんですけど。やっぱどっか物足りないから、またそんな世界に戻りたいと思うようになるんです。その物足りなさを埋めるためにツアンポーに行ったり北極に行ったりする。常に物足りなさを抱えているんですね。だから自然の中に深く入り込んでいく。生だとか死とか根源的な世界と切り離されていくと生きることに物足りなさを感じる。辛いんですけど、より深い生を感じるし、味わえるから」
「探検は生きるための手段。生きるということを感じるための手段ということに尽きると思います。探検でしか、生きている実感を感じ取れない」

極地で命を守ってくれた装備が置かれ、おびただしい書物に埋め尽くされた畳の部屋で、角幡は今、原稿を書いている。その後の具体的な予定はない。将来のことを早く決めてしまうと、人生の居心地が悪くなるから。


角幡と会ってから、僕は、失われた時間について、これから失われていくであろう時間について思いを巡らせている。妙な痛みを伴いながら。


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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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