実録! ブンヤ日誌

第40回 不機嫌の謎

2012.01.30更新

不穏な空気は始めから感じ取っておりました。今月17日午後8時半から行われた第146回芥川・直木賞受賞会見の席上でのことです。東京・丸の内は東京會舘の11階シルバールームに入ってきたのは、ふたりの新芥川賞作家とひとりの新直木賞作家でした。

早版(印刷所から遠い場所にある地区に配られる新聞)の締切が近づいている各新聞社のために、まず先に全員の写真撮影をするのが慣例になっているんです。いつもながらの光景です。カメラマン席の片隅に陣取った僕もカメラを構え、ファインダーを覗き込むのですが、いつもと何かが違う。何かがおかしい。よくよく観察すると、受賞者3人ともジャケットにジーンズというスタイルは共通しているのですが、真ん中に立っている男のみ様子が明らかにおかしいのです。

「え? 今しがた銀座で通り魔してきましたけど、何か」的な表情とでも申しましょうか。目はキョロキョロと落ち着きなく天井を見渡し、肩はダラリ。魂の抜けたような雰囲気をわざと醸し出し、ヤル気なしを全開にアピールしているのです。

カメラマンたちは「こっち向いてくださーい」とか「あのー、笑顔で~」なんてお願いしているんですけど、基本スルー。と思いきや、狂犬のようにニラみつけたりもする。さよう。「不機嫌会見」で時の人となった田中慎弥さんです。彼は会見の前から存分に不機嫌でした。

「道化師の蝶」で芥川賞を受賞した円城塔さんの素朴な会見と「蜩ノ記」で直木賞を受賞した葉室麟さんの素朴な会見の間に行われたのが、江夏の21球ならぬ「田中さんの8分18秒」でした。
以下、完全中継です。

司会者 まず今のお気持ちからひと言

「えーっと・・・たしかシャーリー・マクレーンだったと思いますが、アカデミー賞を何度も候補になって最後にもらった時に『私がもらって当然だと思う』と言ったそうですが、ま、だいたいそういう感じです」

(会場大爆笑)

「4回も落っことされた後ですから、ここらで断ってやるのが礼儀と言えば礼儀ですが、私は礼儀を知らないので、あのー、もし断ったって聞いて気の小さい選考委員が倒れたりなんかしたら都政が混乱しますんで、都知事閣下と東京都民各位のためにもらっといてやる。あのーとっとと終わりましょう。チッ(舌打ち)。チッ(舌打ち)」

(会場7割爆笑・3割失笑)

司会者 は、はい。では質問お願いします。

記者 今回受賞された方は、みなさん東京(在住)ではない方でしたが・・・

「その事に関して感想はありません」

―― 他の受賞された方・・・

「(ピシャリと)ちょっと読んでないのでわかりません」

―― 「共喰い」で受賞したことについては

「1回目で受賞するのがそりゃいちばんいいので、5回目ってのはマヌケです。もう終わりましょうよー」

―― 20歳の時からずっと小説を・・・

「(質問を遮って)それは昨日(※芥川・直木賞の候補者には基本的に報道各社による事前の取材会があるのです)も話したから、めんどくさいんだけど」

―― 意味がわからないんですけど

「えっ? いい、いい。終わり終わり」

―― (ニート作家として)ニートの方々にひと言

「ま、それは人によって状況違うので私が言うことはありません。私は本を読んで小説を書いて作家になったというだけです」

―― ケータイをお持ちでなかったかと思うのですが、今日はどちらでどのように連絡を(なかなかの好質問です)

「えー都内の飲み屋で待っていて、プリペイド式のケータイみたいなものを編集者が持っていて、それでです」

―― 受賞したという連絡はどなたかに

「母です」

―― お母様はどんな

「『良かったね。おめでとう』というだけです」

―― 文学振興会から連絡があった時の返事は

「頂戴しますというだけです」

―― 取ったことで、気持の変化は

「気持の変化はありません。私は意欲はありません(意味不明)」

―― (しつこく)気持の変化は

「いや、だから気持は変わっていません」

―― 昨日の会見出てないんですけど、下関という街は

「乾いた街です」

―― 書くスタイルは変わらないんでしょうか

「今まで通りだと思います」

―― 今日も明日も書き続ける

「あ、はい」

―― 「当然」という言葉への思いは

「思いはなくて、当然だから当然」

―― 審査員の石原さんに言いたいことは

「だから今、おじいちゃん新党をつくろうとしているんでしょ? だから新党結成にいそしんでいただければと思います」

―― 地元では恩師の方から喜びの声も挙がっていますけど

「それはウソですね。私は教師に嫌われていましたから。いや、それは本当のウソです」

―― 昨日の会見出たんですけど、昨日より不機嫌に見えるんですけど

「いやだから、もうとにかくやめましょうよ、もう。円城さんがものすごく丁寧に答えてらっしゃったので、自分はそういう風にはできないなと思って不機嫌にやっているだけです」

―― お酒は少し飲んだ

「ワイン2杯くらい」

―― 機嫌が悪いとすると何が・・・

「(両手で報道陣を指し示し)これが」

司会者 はい。じゃあ機嫌が悪いということで、あと1問か2問にしましょうか(これまた実に素敵なフリ方だなあと思ったものです)

―― 機嫌が悪いのはたくさんの人の前で話すのが苦手とかそういうこと・・・

「こういう場が好きな人間いないでしょう。政治家じゃないんだから」

―― 講演をなさる機会もあるようですが、心境の変化ですか?

「ギャラが出るんで」

司会者 このへんで終わりましょう。田中さん、ありがとうございました。

最前列の左端の方にいた僕は、すぐさま社に電話しました。
デスク「あー、別になんもなかっただろ? いーよ、短く出してくれれば。たまにゃ早く帰れよ」
僕「そ、それがあったんです」
デスク「なにい? なんだ。ほうほう・・・」
こうして僕は「とにかく15分以内に40行出せ」指令を受けたのです。

<1月18日付紙面より>
 第146回芥川・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が17日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞は円城塔(えんじょう・とう)さん(39)の「道化師の蝶」(群像7月号)と田中慎弥さん(39)の「共喰(ともぐ)い」(すばる10月号)に、直木賞は葉室麟(はむろ・りん)さん(60)の「蜩(ひぐらし)ノ記」(祥伝社)に決まった。

 受賞の感想を求められた第一声で、田中さんは文壇最高峰の厳粛な空気を切り裂いた。「えーっと、たしかシャーリー・マクレーンだったと思いますが、アカデミー賞を何度も候補になって最後にもらった時に『私がもらって当然だと思う』と言ったそうですが、ま、だいたいそういう感じです」。会見場は拍手喝采となった。
 もはやネタなのかマジなのか分からない。新芥川賞作家の不機嫌は続く。「4回も落っことされた後ですから、ここらで断ってやるのが礼儀と言えば礼儀ですが、私は礼儀を知らないので、あのー、もし断ったって聞いて気の小さい選考委員が倒れたりなんかしたら都政が混乱しますんで、都知事閣下と東京都民各位のためにもらっといてやる」。候補作を「バカな作品ばかり」と酷評した選考委員の石原慎太郎都知事をもコケにして笑いを誘った。
 山口県下関市在住。下関中央工高卒業後、一度も仕事に就かず、母親と2人で暮らす実家で小説を書き続けた。過去4度、芥川賞候補となるも届かず。「もうとにかくやめましょうよ。政治家じゃないんだから」。約8分間、不機嫌を貫いた理由は、苦労してきた過去への自尊心だったのかもしれない。(北野新太)

<田中慎弥>さん(たなか・しんや)1972年山口県生まれ。「蛹」で川端康成文学賞、「切れた鎖」で三島由紀夫賞を受賞。「図書準備室」などでこれまでに計4回芥川賞候補に。
 ▼「共喰い」 昭和の終わり。「川辺」と呼ばれる小さな集落に生きる高校生が主人公。抑制が効かない性欲と暴力性が、父親から受け継いだ血に由来することを自覚し、逃れられない宿命におののく。土俗的な閉鎖社会における父と子の相克を冷徹な筆致で描く。


会見後の数日間、なんで彼は不機嫌だったのだろうといろいろと思いを巡らせました。記事では締め切りまでの時間もなく「苦労してきた過去への自尊心だったのかもしれない」などとぶっちゃけフィーリングで書きましたが、本当にそうなのかよと立ち止まり、以下の推論を導き出しました。

1.好きな子についつい意地悪をしちゃう小学生的な照れ隠し
2.どうしたら自分の本を手に取ってもらえるか、ないしはどうしたら自分の本が売れるかを考えた末の結論としてのパフォーマンス(だとしたら、既に10万部を突破して成功)
3.酒グセが極端に悪く、ワイン2杯でデキ上がった
4.晴れの席で毒づくなんざ芸術家として超カッコイイのではなかろうかと思ってしまったロックな決意

とまあいろいろと考えてみたんですけど、僕なりには
5.ムチャクチャうれしくてワケわかんなくなっちゃった
との説を有力と見ました。

18歳で大学受験に失敗してから21年、一度も働きも出ないで小説を書き続けてきた男が、いよいよ報われる瞬間を迎えて、ちょっと錯乱したのではないかという仮定です。もちろん川端賞とか三島賞も受賞していますし、何作も世に送り込んでいるわけですから、今回が初めての達成ではないにしても、純文学の書き手として芥川賞は別格です。世間的には「候補になって4回落とされたことへの怒り」を理由に挙げているメディアがほとんどですけど、受賞してあらためて怒りが沸くというのは人間の感情として自然とは言えない気がするのです。エキサイティングな瞬間にエキサイトしてしまった、という方が理屈に合うような気が・・・。

会見の後で知ったのは、彼の座右の銘が「足が絡まっても踊り続けろ」であること。アル・パチーノ主演の名画「セント・オブ・ウーマン 夢の香り」の主人公の台詞の引用だそうです。そのことを知って、たちまち僕は彼のことが好きになりました。「セント・オブ・ウーマン」が好きだという人間に悪い人間はいないと思われるし「足が絡まっても踊り続けろ」は素敵すぎる文句だと思ったからです。

はて、待てよ。もしかしたら彼は試そうと思ったのかもしれない。夢に見た栄誉を受け、夢に見た舞台に上がった時、足が絡まっても俺は踊り続けることができるのかと。

下関に行くことは決めた。あとは彼が受けてくれるかどうか。「なんで不機嫌だったんですか」と聞いて、どんな顔をするだろうか。たぶん答えをはぐらかすけど、納得できるまで帰途には就かない。あの手この手を繰り出してみる。俺だって、足が絡まっても踊り続けていたいから。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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