実録! ブンヤ日誌

第48回 燃え尽きる刻

2012.05.21更新

地下のバーに流れる音楽はJ・D・サウザーの「ユア・オンリー・ロンリー」からビリー・ジョエルの「オネスティ」に変わった。
隣に座る沢木耕太郎の声は、騒がしい酒場の中で、より穏やかに聞こえた。
「僕はいつも相手と対等でありたいと思い続けてきた。あとは相手のことを好きになること。そして、やっぱり相手に対して誠実であることかもしれない」
誠実という言葉が背後の歌のタイトルに掛けたものなのか、それとも奇妙な偶然によるものなのかを、僕は推し量ることができなかった。

あらゆる話をした。子どもに読み聞かせた絵本のこと。高倉健のこと。ロバート・キャパのこと。彼と酒を呑む時、僕はなぜか自由でいられた。ふと井上陽水の話題になった。
「一昨日会ったんだ。『お互い歳を取ったね』なんて、随分長いこと懐かしい話をしたよ」
ふたりの出会いが描かれた作品を思い出した僕は「初対面の井上さんに向かって、なぜ『興味がない』なんて言えたんですか」と聞いた。
「若かったし、陽水なら面白がってくれるんじゃないかという僕なりの計算もあった」
行ったばかりのライブで陽水が「積み荷のない船」を歌ったと彼に伝えた。ドラマ「深夜特急」の主題歌は、アンコールでの一曲だった。
「あれは、僕がお願いしたんだ。一度、コンサートで歌ってくれないかって。聴いたことがなかったんだ。僕が行った時も歌ってくれた。あの曲がすごく好きなんだ」
ステージでの陽水のヴォーカルを追想した。

 積み荷もなく行くあの船は 海に沈む途中 港に住む人々に 深い夜を想わせて 
 
夜、深い夜、約束、ふたりが交わした約束・・・。僕は、酔いが回った意識の底で、あることを思い出していた。

7年前、沢木とカシアス内藤に同じ質問をしたことがある。
「真っ白い灰に燃え尽きる『いつか』という刻を、あなたは持つことができたのでしょうか」
25歳の沢木が「クレイになれなかった男」の終幕に書いた文章が、25歳になった僕のなかに再び迫り、反響し始めていたからだ。
「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがある。望み続け、望み続け、しかしいつかはやってこない。内藤にも、あいつにも、あいつにも、そしてこの俺にも・・・」
あいつ、とは、もちろん僕のことも指していた。
ジムを持った内藤は真新しいリングの上で言った。
「これが俺の目指したいつかだった。そして、自分の手で世界王者を作ること。それが俺の新しいいつか」
『凍』を世に出したばかりの沢木は、長い時間考え抜いた後に言った。
「うん。それは宿題にしとくね。でも、いずれは提出することを君と僕との約束にしよう」

音楽はスティーブン・ビショップ、ボズ・スキャッグスと変わっていく。
あのときの約束を果たしてもらうには、うってつけの夜だと思った。日付が変わる。時間がない。席を立つ前に、あの問いをもう一度投げ掛けた。
沢木は考えていた。不思議なくらい静かに、夜の一瞬は過ぎていった。彼はI・W・ハーパーのストレートを折目正しい手つきで口へと運び、おそらくは歩んだ日々について思いを巡らせていた。
「ふたりで目指したいつかには、ついに辿り着かなかった。そして僕自身も・・・いつかと思える刻を迎えることは、できなかったのかもしれない」
返す言葉など、どこにもなかった。酔客の喧騒も懐かしい音楽も、もう聞こえなかった。古く優しい光がカウンターを照らしていた。僕は何も言えず、ただ彼の横顔を見つめた。


【編集部注:沢木耕太郎さんとの出会いについては第3回を参照】

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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