実録! ブンヤ日誌

第51回 ある小沢ガールの終焉

2012.07.02更新

6月26日、消費増税法案の採決が行われた衆議院本会議場。
列を成して投票台に向かっていく議員たちの様子を、僕は2階記者席から眺めていた。
淡々と予定通りに進んでいく光景を目で追っていると、ちょっとした異変が起きたことに気づいた。
小沢ガールズの代表格とされる民主党議員が白票(賛成票)を投じたのである。

「もう私は小沢さんを裏切ります。少しでも民主党員として延命します」

という意思表示に、僕は思わず「あ!」と声を発してしまったが、議場は拍手も起きずヤジも飛ばずに進行している。
道化師を黙殺するみたいに。
3年前の記憶がふっと甦ったのは、直後のことだった。

2009年夏。
民主党が悲願の政権交代を目指した衆院総選挙の注目選挙区取材で、僕は彼女に会った。
自民党の大御所・森喜朗元首相を倒すべく、民主党が石川2区に送り込んだのが田中美絵子という名の候補者だった。
田中は忙しい選挙戦の合間にインタビューの時間を作ってくれ、同行取材にも協力してくれた。

「姫のサメ退治です。森さんは『サメの脳味噌、ノミの心臓』と言われてるので。
 最初は『え、誰?』みたいな感じだったんですけど、10カ月もやってきたおかげで、
 最近では受け入れていただけるようになりました。
 森さんの陣営は『有権者を田中に握手させちゃいけない。手がポチャポチャして
 柔らかいからコロッといっちゃうぞ』と言っているそうで。ウフフッ」

「最初はごくごくフツーのOLでした。パチンコのカードをつくる会社の一般職で。
 で、お金貯めて会社辞めてJTBの派遣会社の添乗員になって。
 私、学生時代はバックパッカーやってたんですよ。
 エジプトのピラミッドで番人と番犬に追い掛けられたりとか・・・。
 で、添乗員やってたら、同僚の女の子が政治家の秘書になると言い出したので、じゃ私もと」

「あんまり公表してないんですけど、バツイチなんです。
 集会で言うと皆さん笑うんです。でも、言うことで距離が縮まるような」

記事を書いた後に「大きく載せて下さってありがとうございましたー」
と感謝されるなどというホノボノ話が終わりを告げたのは、田中が比例復活当選を果たした直後のことだった。

コスプレ風俗ライター、ヌードでのホラー映画出演などの過去を写真週刊誌などに暴露されると、一躍メディアの寵児となった。

僕もインタビュー時に聞いた身の上話を書きまくった。
行方を捜すために石川県内を徘徊したり、議員会館の事務所前に張り込み続けて秘書に恫喝されたこともある。

国会で眼前を通る度にアイスマンのような視線を田中からは浴びた。
以来、永田町で取材をする機会も少なくなり、会話を交わしたことはない。

採決が終わった後、スポーツ紙と夕刊紙の記者陣に囲まれた田中は投票行動よりも先に、直近のスキャンダルについて説明を始めた。
国交省職員との不倫キス写真を撮られたばかりなのだ。

「今まで入院しておりましたので、ご説明が遅れてしまいましたこと、お詫び申し上げます。
 誤解を与えてしまうような記事がありましたが、不適切な関係ではありません。
 お詫びしながら、信頼を回復できるようにしっかり仕事をして参ります」

「重要な法案なので、最後は自分の判断で決めました・・・」

インタビューの時、田中は言った。

「私、選挙に落ちたら旅に出ます。エジプトの砂漠でラクダに乗って、どこかに行っちゃいたいな」

白装束をまとってターバンを巻き、ラクダのコブとコブの間にまたがってユッサユッサと砂漠の果てに消えていく田中の後ろ姿を、僕は想像してみる。
いささかの哀しみのなかで。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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