実録! ブンヤ日誌

第58回 千日手の長い夜

2012.10.16更新

夜に響く駒音だった。時計の針は10時に近づいている。
銀将を手に取った羽生善治の右手の指先がゆらりと宙を舞い「6六」(註1)に打ち下ろされた瞬間、控室(註2)の空気はエアポケットに入ったように行き場を失った。
「え?」「あれ?」「何これ?」
モニターを通して局面の検討を行っていた棋士たちがどよめく。私には何が起きたのか理解できなかった。とんでもない悪手を指してしまったのだろうか、と思った瞬間に、今度は「あっ」「なるほど」と「6六銀」後の展開を読み切ったのであろう声が上がった。私の目の前にいた行方尚史八段(註3)は小さな声で「マジックだ・・・」とつぶやいた。

午前9時の開始から既に13時間が経過しようとしている。疲労困憊の控室とは裏腹に、対局室の空気は凜として張り詰めたままだ。彼にしか起こし得ない魔術を繰り出して危機を脱した羽生は、苦悩する鬼のような顔で思考を続けている。土壇場に仕掛けられた魔術によって勝負を決め損ねた渡辺明はグイッとあおるように湯飲みの茶を口に運んだ。
午後10時9分、両者相譲らず千日手指し直し(註4)となった。


神奈川県秦野市の旅館「陣屋」で行われた第60期王座戦5番勝負の第4局は、壮絶な死闘となった。羽生善治王位・棋聖が渡辺明王座・竜王に2勝1敗とリードして迎えた1局。羽生が勝てば王座を奪還し、渡辺が初めてタイトルを失冠する大一番だった。

王座位の行方を決めるだけでなく「最強手は羽生なのか、渡辺なのか」という将棋界最大の議論の方向舵と成り得る勝負でもあった。
42歳と28歳の第一人者同士による世代間闘争は、羽生が永世七冠(註5)のかかった2008年度の竜王戦で渡辺を相手に3連勝後の4連敗という史上初のケースで敗れて以来、常に注目を集めてきた。そして羽生は昨期、1992年度から19連覇中だった王座を渡辺に0-3のストレート負けで譲っている。今回も渡辺が圧倒しようものなら「羽生は渡辺には勝てない」との見方が常識化するのは必至だった。つまり、大きな岐路にある勝負だったのだ。


午後10時39分。指し直し局が静かに幕を開けた。戦型は相矢倉(註6)の急戦。羽生は前後に小刻みに揺れ、閉じたままの扇子を口元に添えながら考え続けている。優勢の将棋をドローに持ち込まれた渡辺は、少し疲れているように見えた。羽生の駒は全軍躍動し、無駄も隙もない陣形を盤上に描いていった。


午前2時2分。渡辺が投了を告げた。
報道陣は対局室へとなだれこんでいく。
羽生は、疲労の痕跡も、勝利の感慨も感じさせない声で戦いを振り返った。
「千日手局は、終盤(攻め駒が)足りないかなと思っていたので千日手ならしょうがないという感じでしたね。指し直し局は駒損だったので、(局面は)ずっと良くわからなかったです。かなり際どい局面が続いていたんじゃないかなあと思います。結果を出せて非常に良かったですね。(大山康晴15世名人の王将位と並んで、同一タイトル20期獲得という歴代1位タイの記録を樹立して)そうですね、ええ、積み重ねの形として大台に乗ったのはうれしく思います」

渡辺は自嘲を含んだ笑みで完敗を認めた。
「千日手局の最後は一瞬勝ちになったのかと思ったんですけど、6六銀というのがすごい手で。指し直し局はなかなか攻め合いにいけずに難しいところもあったのかもしれませんが、終始押され気味の将棋だなと思いました。(5番勝負)押されている将棋が多かったので、この結果も仕方がないと思います」

私は渡辺の背後から将棋盤の向こうにいる羽生をファインダー越しに見つめ、撮り続けた。ちょうど両対局者の中間に漂う闇に、庭園のかがり火がゆらゆらと揺れている。私には、17時間超の死闘で燃え続けた2人の闘志のように見えた。

それから感想戦が始まる。
毎度のことだが、難解すぎて2人がどの局面について語っているかわからなかった。脇に座る河口俊彦七段(註7)が1989年に千日手局の同一局面を体験していたことを知ると、羽生は「どんな将棋だったんですか?」と興味深そうに尋ねた。まるで、少年のように嬉しそうな表情を浮かべて。


時計は午前3時を過ぎていった。
私は羽生に尋ねたかった。
なぜ6六銀を指すことができたのか。
なぜ二手目3二飛戦法(註8)という奇襲策を採用したのか。
なぜ渡辺に勝てたと思うか。
昨年の敗戦をどう受け止めていたのか。
あなたにとって渡辺明とは何者なのか。
27年間も戦い続け、勝負に飽いたり疲弊することはないのか。
あなたにとって将棋とは何なのか。
あなたはなぜ強いのか。
私は、あらゆることを羽生に尋ねてみたかった。
たとえ、どれも答えようのない問い掛けだったとしても。


長い夜を越えて、羽生の夏は終わった。
中村太地六段(註9)との棋聖戦を3-0で防衛、藤井猛九段(註10)との王位戦を4-1で防衛、そして渡辺明王座との王座戦を3-1で奪取。各世代を代表する棋士を相手に10勝2敗で駆け抜け、羽生は三冠に復帰した。

註1:先手番から見て右から6番目、上から6番目に位置する升目
註2:対局者が控える部屋ではなく、報道陣や関係者、棋士に開放される部屋。将棋盤をいくつも並べ、行われている対局の局面について考え、議論する。
註3:棋界のトップ10人が並ぶA級に在籍経験のある実力派

註4:お互いに選択する手が限定されて同じ駒の位置や手番などが繰り返され、勝負がつかないと判断されることを「千日手」と呼ぶ。千日手となった場合は先手・後手を入れ替え、もう一度最初から対局を始める。

註5:タイトルは5期獲得などの規定をクリアすると永世称号を名乗ることができる。名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖で永世称号を持つ羽生は、竜王をあと1期獲得すれば、将棋界初(今後、永久に生まれないとも言われる)の「永世七冠」となる。

註6:矢倉は「将棋の純文学」と呼ばれる戦型。古来より指され、格調が高いとされる。「相矢倉」は両対局者が矢倉を選択したことを指す。

註7:「老師」の愛称で呼ばれる引退棋士。現役時代から名文家として知られ、現在は将棋ライターとして活躍する。

註8:後手番がいきなり「3二」に飛車を振る奇襲戦法。将棋の初手は歩を前進させるケースが99%以上だけに、極めて珍しい。公式戦で1700局近く戦っている羽生も、過去2例しかなかった。

註9:若手実力派。研究の深さに定評がある。第52回で詳述
註10:将棋の常識を覆したと言われる戦法「藤井システム」の創設者

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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