実録! ブンヤ日誌

第62回 蜜の味、裕次郎の幽霊

2012.12.20更新

12月4日(火)
公示日。制度上は今日から選挙戦突入のはずなのだが、気分は7回裏のマウンドに向かう巨人・沢村みたいに疲弊している。もう138キロしか出ないのだ。早朝、福島市をレンタカーで出発。原発事故によって全村避難となった後、居住制限区域・帰宅困難区域に指定された飯舘村へ。他党党首が福島市やいわき市で第一声を上げる中、日本未来の党・嘉田由紀子代表が差別化を図ったのだ。報道陣は約50人集まったが、村民はたまたま通りかかった約10人・・・。そりゃそうだよ・・・。卒原発の女王がマイクを握ると、なぜだか世界の終わりのような豪風雨。私の4番バッター的な革靴はズブ濡れになり、靴下内部まで洪水。心も体も凍る。1年9か月前の震災取材を思い出す。

5日(水)
東京21区に出馬した日本維新の会の元グラビアアイドル・佐々木理江さん取材。「政治家になりたかったので、グラビアの撮影でもTバックだけはNGにしていた」という今選挙戦ナンバーワンの名言(迷言?)で世を沸かせた彼女。自らについての報道をチェックする暇もないとのことで「けっこう話題になってますよ」と伝えると「ホントですか~!?」と目をパチクリさせつつも「TバックNGについては自分なりに気を使ってました。アングルによってはカメラマンさんにやられたなーって写真もありますけど...」と述懐。事務所の同僚・小倉優子には「日本一打算的なアイドル」と称されたとか。「ゆうこりんに言われたくないですよねー。あたし、こりん星とか言ってないしー」。激しく同意。

6日(木)
埼玉県羽生市へ。全立候補者1503人の最年長、埼玉12区に無所属で出馬した94歳の川島良吉さんを取材。駅前で自宅に電話を掛けると「今から行きますのでー」と、お迎えの車がキキーッ。ハンドルを握るのは、なんと川島さんご本人。こなれたハンドリングで細い畦道を飛ばす間、正直言って神に祈っていた。太平洋戦争で中国の僻地に赴き、多数の戦友を亡くした体験者として、右傾化している政界の現状を憂いての出馬。すさまじい説得力あり。帰京。衆院選について本紙おなじみの岩井志麻子さんインタビュー。岩井さんの言語センスは比類なき巧みさに満ちている。「石原慎太郎さんの新党名が『たちあがれ日本』改め『突き破れ障子』になってたら、私は間違いなく1票入れてました。ま、今の慎太郎さんに障子は突き破れんと思いますが・・・」

7日(金)
衆院選について本紙おなじみの辛酸なめ子さんインタビュー。なめ子先生の批評眼は、常に斜に構えているようで実は的を射ている。「自民党議員は下野してからヒマになったのか、ネットに毒されている印象があります。いつの間にか安倍さんはネット右翼を扇動するカリスマみたいなキャラになり、ネガティブな意見を封じ込める技を身につけている。驚きです」

8日(土)
選挙だけ取材しておればよし、でもないところがやっかいだ。大学の空手道部主将が稽古中にOBの顔に回し蹴りをしたら亡くなってしまったという悲しい事件を取材。

9日(日)
ラストサンデー。銀座4丁目の交差点に日本維新の会・石原慎太郎代表、橋下徹代表代行の両巨頭が顔を揃える。三越前が埋まる。各社の世論調査で支持が伸びていないことを自覚している橋下さんは「(下馬評は)自民党の圧勝ですよ。みなさん、もう自民党はヤダーってなって3年しか経ってないのですよ!もう一度考え直してもらいたいんです!」と懇願。さらに「1兆円をかけて(国民が)高校卒業するまでに日常会話を出来るようにしたい。語学に能力は関係ない。政治がやろうとすれば出来るんです!」と公約を披露。ホンマかいな。その後、先週に引き続いて春香クリスティーンさんと合流。雷門で自民党・安倍晋三総裁の街頭演説を取材。演説終了後、春クリちゃんはおばちゃん集団をかき分け、SPにはじき飛ばされながらも、なんと次期首相とのツーショット&握手に成功。安倍総裁は本紙カメラマンにしっかりカメラ目線。歴史的1枚が掲載される。

10日(月)
日本未来の党・小沢一郎氏の地元である岩手県奥州市へ。いつも報道陣シャットアウトの陣営がなんと取材OK。小沢氏の選挙を43年間手伝っているという選対関係者はポツリと漏らす。「先生は小選挙区で否定されたら議員を辞める、と仰ってる」。0・2秒後に大見出しが脳裏に躍る。躍ったとおりに書いたら、翌朝のYahoo!トピックスに「小沢氏『小選挙区で負けたら引退』」と掲載されていた。よし。

11日(火)
岩手県奥州市。ツルツルの路面に何度も足を取られながら、我がレンタカーは北へ。山間部で対抗馬の自民党・藤原崇氏の取材。まだ29歳です。弁護士辞めて、議員秘書辞めて、43年間無敗の剛腕に挑戦。新婚の奥さんの寛大すぎる理解に敬服する。

12日(水)
帰京。衆院選について本紙おなじみの社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」福本ヒデさんインタビュー。野田首相と安倍総裁の変装をしてもらい「1人党首討論」なる写真をパチリ。「安倍さんでOKなら(自他共に認める当たり役の)麻生さんにだって再登板してほしいと思いますよ。やっぱりまたやりたいですからね。いまだに飲みに行ってもやっちゃうくらいですから」。福本さんの麻生さんは絶品なのです。マジで本人より似てます。

13日(木)
話題騒然の新エロスの女王・壇蜜さんインタビュー。あの壇さんに選挙のことを聞いちゃうというムチャクチャな企画なのだが、彼女は実に頭が良く、万物に興味を持つ方なのでムチャクチャに面白い。見送りの際、後部座席のパワーウィンドウを下げた壇さんは、私に向かって悩ましげな顔をして唇を尖らせた。こんな時に素敵なリアクションを取れるほど私の人生経験は豊富ではない。

取材後、日本維新の会陣営から石原慎太郎代表インタビューの緊急打診。時間は本日夕方。一瞬緩んだ緊張感が一気に復活。取材場所に赴くと、NHKのクルーが同じ部屋で先に取材。ディレクターの「ここ数日間、全国を回られました。手応えの方は?」との質問に、石原氏は「ありきたりな質問するなよ!」と結構な勢いで激怒。こ、こえー。そして弊社の出番。冒頭、カメラマンがパシャパシャと写真を撮ると2秒後には「もういいだろ!」とピシャリ。こ、こえー。鬼のような緊張感の中、インタビューへ。覚悟は決まった。よーし、だったらありきたりじゃない質問をしてやろうじゃないか。「街頭演説を見ていると、常に『暴走老人の石原です』と自己紹介をされる。80歳にして暴走を続ける石原さんを、裕次郎さんが見ていたら何と言うと思いますか?」。さらに激怒させる可能性のある問いだったが、石原氏は嬉しそうに笑った。「そりゃあね『アニキ、頑張れ』って言ってくれると思うよ。今はねえ・・・裕次郎に幽霊になって出てきてほしいよ。アイツの方が人気あるからねぇ」。嬉しそうに話し続ける石原氏の顔を見ながら、私の心は少し震えた。都知事辞任発表から今日まで、石原氏の口から「裕次郎」の名を聞いたのは初めてだったと思ったからだ。しかも「幽霊になって出てきてほしいよ」と願っている。私は、これ以上に維新の窮状を現す談話など存在しないと思った。続けて問い掛けた。「裕次郎さんは『もういいだろ?』とは言わないんですか」。前知事は、少し間をおいて過去を思った。「人生のタッグマッチを2人でやってきて、五社協定みたいな映画界の古い価値観をぶっ壊してきたんだ」。私は瞬時に「じゃ、ぶっ壊すべき対象として、三党合意と五社協定は似てますね」と返す。「ぶっ壊すモチベーションとしては一緒だよ。当時は役者が干された。(同じように)今みたいな官僚政治では新しい発想は出て来ない」。調子に乗って「映画監督をする構想もあるようですが、どんな物語なんですか?」と問うと「言えないよ」とほくそ笑みながら「主演はそうだな、三國連太郎の息子、名前なんだっけ。あーそうそう。佐藤浩市なんかいいな。オレだってな、まだ三國連太郎よりはいい主演俳優になれる」

若き日の沢木耕太郎に「シジフォスの四十日」というルポルタージュがある。1975年、石原が現職の美濃部亮吉に挑んだ東京都知事選を追った作品で、実にスリリングに読める物語だ。文中、27歳の沢木は42歳の石原の敗因を「石原が石原であることを辞めなかったこと」と結論付けている。37年後の今も石原は本質的には変わっていないのだろうが、老境に入った者特有の優しさや弱さのようなものを、私は見た気がした。写真を撮られることを異様に嫌うのは37年前の沢木作品と全く同じで、それはそれで面白かったのだが・・・。

14日(金)
壇蜜さんを大展開する紙面を1日かけて作っていく。野田佳彦、安倍晋三、石原慎太郎、橋下徹、東国原英夫、小沢一郎、嘉田由紀子、小泉進次郎、山本太郎の9氏について「外見」「品格」「政策」「愛人」「奴隷」「期待」の6カテゴリーを5点満点で評価してもらい、語ってもらうもの。1位は21DMP(壇蜜ポイント)を獲得した剛腕・小沢氏でした。「人生のリセットボタンは2度押せる、というのが私の持論です。今回は、日本にとって自民党を否定した前回に続く2度目の、つまり最後のリセットボタンになるでしょう。人生をリセットして29歳でデビューした蜜も『若くないから表紙には使えない』などと言われ続けた後、もう一度リセットして一矢報いる気持ちで違う土俵に上がってきたのです。蜜がいろんなとこを見せることで自殺を思いとどまらせたり、空腹の人が満腹になってくれたらいいと本気で考えているのです。袋とじを破る瞬間に幸せになってくれればいい。ある意味では政治活動だし、ある意味では、蜜なりの「たちあがれ日本」なのです」

15日(土)
各党党首、各候補の最後のお願い。石原氏は新宿駅東口でマック赤坂氏と小競り合い。

16日(日)
投開票日。投票を終えて会社へ。格闘は27時30分に東京18区の菅直人氏が比例復活を決めるまで続いた。

17日(月)
一夜明け。首相再登板となる自民党・安倍総裁の幼なじみのパティシエさん取材。あとは、安倍まんじゅうの新商品、安倍本バカ売れ、安倍関連銘柄の株価高騰。とりあえずお約束モノを抑える。

18日(火)
夢にまで見た1か月ぶりの休日・・・かと思いきや、日本将棋連盟・米長邦雄会長死去の一報が舞い込んで緊急出勤。自宅、病院を回った後、将棋会館で羽生善治三冠インタビュー。「49歳で名人になられた翌年、名人位に挑戦させていただいた時、先生はすべての対局で一度も足を崩さず正座で臨まれたんです。先生の執念を感じました。相手にとって重要で、自分にとってあまり重要でない一局にこそ全力を尽くすという先生の哲学は、勝負の世界の規範を保つ意味で、将棋界の要であり礎になっています」。襟を正して聞きながら、米長さんとの思い出が浮かんだ。ある日、加藤桃子奨励会1級を紹介した本紙を現場で見つけた永世棋聖は「大きく取り上げてくれてありがとうございます。これ、記念に持って帰ってもいいですか?」。史上最年長の49歳11カ月で名人になり、破天荒な言動でも知られた男は、37歳年下の私に対しても常に敬語を使う人だった。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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