実録! ブンヤ日誌

第64回 手相の決意

2013.01.28更新

こんな公の場で、一介のサラリーマンの決意など読まされる方はたまったものではないと思うが、今回だけお許し願えればと思う。
私にとって今年は勝負の年だ。
乾坤一擲、のるかそるかの2013年なのである。
仕事場が変わったわけでもないし、さしたる節目でもない。
ならば、なぜ? 自分でもよくわからない。ただ、やらねばならん、という思いだけが先立つ。
ふーむ。
思案に思案を重ねた結果、島田秀平さんの顔が浮かんだ。

昨年、手相・パワースポット芸人として知られる島田さんと仕事をした。スカイツリーの開業直前、周辺のパワースポットをめぐる取材だったのだが、画面通りの好人物ぶりに驚かされた。神社などを回ると、さすがに「あ、島田秀平だ!」と気づかれるのだが、かの手相芸人は常に「いつも見て下さってありがとうございます!」と深々とお辞儀をして、歩み寄って両手で握手を求めるような男だった。

あまりのいい人ぶりに、私は帰りの車中で「あのー・・・せっかくなのでいいですか・・・」と左手をスッ。「もちろんもちろんっ。お安い御用ですよ」と応じてくれた島田さんは、我が手のひらをつかみ、15秒ほど入念に凝視した末に言った。
「矢沢永吉さんの手に似てますね。運命線が33歳から55歳までググッと上がっています。人との出会いで運気の上がる人だと思います。あと、頭脳線の先がきれいに二股に分かれていますね。主観と客観の2つの考え方ができるということでライター線と名付けてますけどね」
私は手をプルプルと震わせながら告げた。「ボ、ボク・・・32なんですけど・・・」。手相芸人は確信に満ちた(たぶん)顔で続けた。「そうですかー。じゃ、来年から今までの勉強が生かされますよ。楽しみですね」
しばし陶然となった私は「でも、首とか肩のコリは悪化しそうですねぇ~」という本来は気にすべきことを言われても気にせず、仕事先向けの営業トーク、いや営業占いであるという当然の懸念も無視し、夢うつつのまま「ありがとうございます! よーし!」などと気勢を上げた。

元日に33歳になった私は、勝負の年を戦い始めている。煮え切らない自分に別れを告げるために。手相芸人の眼力を証明するためにも。

ま、私の話はどーでもいいとして、今回の趣旨は「街角で島田さんに出会ったら勇気を出して左手を差し出してみるといいですよ」ということです。ハイ。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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