実録! ブンヤ日誌

第68回 コンピューターと棋士

2013.03.18更新

たいして関心もないはずなのに、心の奥に妙な何かを訴えるニュースだったと記憶している。1997年、チェスの世界王者ガルリ・カスパロフ(ロシア)がIBMのスーパーコンピューター「ディープブルー」に1勝2敗3分で敗れた。以来、我々には大きな命題が残された。「人は機械に劣るのか」と。

時は流れて現代。コンピューターの進化の猛威にさらされているのは将棋である。2010年、女流棋界の頂点に四半世紀にわたって君臨してきた清水市代女流王将(当時)が「あから2010」に敗れ、昨年は引退棋士の米長邦雄永世棋聖が「ボンクラーズ」の前に屈している。いずれも「現役の男性棋士ならば」という逃げ口上を用意することは可能だったが、3月23日から5週にわたって開催される「第2回電王戦」5番勝負では、各世代を代表する5人の棋士がコンピューターソフトの挑戦を受ける。もう言い訳の通用しないところまで来ているのだ。

先日の直前会見で印象的なシーンがあった。開発者が「(コンピューターの力は)もう名人は超えてますね」とVTRで語った場面だ。「名人」の響きに、棋士たちは反応した。最終局に登場する三浦弘行八段は「私の今期の順位戦を意識して挑発してるんですかね」と苦笑した。

4月20日、788台のコンピューターを連結した「GPS将棋」と戦う三浦は正真正銘、超一流の棋士である。1996年の棋聖戦では、当時7冠を独占していた羽生善治を弱冠22歳にして破っている。現在は、全棋士約160人のうちトップ10人で名人への挑戦権を争う順位戦A級に13年間在籍。今期はA級21連勝中だった羽生に土をつけ、羽生に次ぐ7勝2敗でリーグ戦を終えている。そんな立場だからこそ「名人に挑戦もできない者は、名人を超える力を持つコンピューターには当然勝てないだろう」と言われた気がしたのかも知れない。

会見終了後、三浦に尋ねた。

「冗談も兼ねてですけどね。ああ言っておいた方がいいかなと。深い意味はないです。たぶんお互い深い意味はないんですよ。開発者の方もそう言った方が盛り上がると思ったかも知れないですし」

三浦は笑っている。棋界随一の研究家として知られる一方、穏やかで謙虚な人柄を持つ男だ。さらに、最も尋ねたかったことを聞く。

「コンピューターは人間を超えられると思いますか。将棋には、機械などには近づけない崇高な領域があると棋士として思ったりはしないのでしょうか」

間髪置かずに三浦は答えた。

「それは棋士一人ひとりによって答えが全然違っちゃうんですけど、私、けっこうドライなんで。昔の日本軍が、アメリカみたいにデータに頼っちゃいけないのだ、根性なのだと言ったような、理論が通ってないのはあんまり好きじゃないんですよ。実際、コンピューターの方がしっかりしている部分はありますし」
そして続けた。
「ただ、コンピューターに弱点はあります。人間にはまだ、理論上は勝算があるんですよね。実際問題、悪手を指さなければいいのです。コンピューターがどんなに進化しても変わらない。人間が悪手を指さなければいいのです。今の段階ではコンピューターに穴があります」

決然と言う。三浦は対局相手としてのコンピューターを既に理解し、分解しきっているように聞こえた。

年々進化を遂げるコンピューターの力は、いずれ棋士を超えていくのかもしれない。将棋が頭脳と頭脳による闘争である以上は、そう考える方が自然だ。人間に絶対はないが、機械は限りなく絶対に近づける。それでも、私には「だが」という思いもある。あの三浦弘行なら、佐藤康光なら、森内俊之なら、渡辺明なら、羽生善治ならば、窮地に追いやられた局面でコンピューターの回線をショートさせ、煙を上げさせるような絶妙手を繰り出してくれるに違いないと信じたい。将棋には、そんな可能性を抱かせる神秘性が残されていると思えてならないのだ。そんな時、彼らは言うだろうか。「将棋はコンピューターが指すものじゃない。人間が指すものなのだ」と。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年1月、石川県七尾市生まれ。
学習院大学法学部政治学科在籍中に雑誌「SWITCH」で雑誌編集を学び、卒業後の2002年に報知新聞社入社。以来、編集局勤務。担当遍歴は、日韓W杯—常総学院—柏レイソル—社会—映画—音楽—アテネ五輪—社会—読売巨人軍—和田アキ子 —NHK—社会(現所属)とムチャクチャ。猫背の完治が生涯の目標だが、巨人・原辰徳監督に「生き方が曲がってなければいいんだ!」とエールを送られたため、とりあえず先延ばし中。好きな言葉は「人間には、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける3つのタイプがあるのだ」

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