近くて遠いこの身体

第1回〜第32回 単行本化にあたっての挨拶

2014.09.22更新



 みなさん、ご無沙汰しております。前回の更新が7月ですので、2カ月以上も滞っていたことになります。こんなにも長きに亘ってほったらかしにしていたのですね。楽しみにお待ちいただいていた方々にはお詫び申し上げます。
 すみませんでした。

 とはいえ、ただサボっていたわけではありません。すでにサイトで紹介されているのでご存知だとは思いますが、ここまでの連載分をまとめて単行本化することになり、この間ずっとそのための作業に追われていたのでした。新たに書き加えたり、はたまたばっさり削り落としたりしていたので、新たなテクストを書くための時間的な余裕がなかったのです。いや、正確にいえば「精神的な余裕」です。正直なところ、いっぱいいっぱいでした。

 これまでにも一冊の本を出しておりますけれど、それは対談を書籍化したものです。現役選手を引退するかしないかの時期に、敬愛する内田樹先生と対談する機会をいただきました。それを文字起こしし、加筆したものが『合気道とラグビーを貫くもの』(朝日新書)です。つまりこの本は、話し言葉を書き言葉に書き換えることによって作られました。

 ちなみにこの本は僕にとってはとても思い入れのある一冊です(というか、著書はこの一冊しかありません)。僕が身体への研究を志すきっかけとなったのが内田先生で、その方と心ゆくまで語り合った内容が収められている。対談したのが現役選手を引退するかしないかの時期でしたので、どうしても感覚的な言葉ばかりが口をつきます。したがって僕の言い分はほぼ経験則です。それを先生は巧みに受け止めてくれました。深遠な知見とふくよかな言葉で象ってくれました。
 本ができたあとに読み返してみると、不思議な感覚が僕を襲いました。自分で話した内容にも関わらず、まるで人ごとのように感じたのです。どこかよそよそしい印象を持ちながら読み直すと、「僕はこういうことが言いたかったのか」という気づきがたくさんあった。経験は言語化されることによって新たな相貌をみせる。そう感嘆するとともに謂れのない多幸感に浸ったのを憶えています。


 と、思い出話はこれくらいにしておきます。話を元に戻しますね。
 
 つまりはなにが言いたいのかというと、「本を書く」という点からすれば、今回の『近くて遠いこの身体』が初めてとなります。パソコンの前でキーボードをカタカタしながら文章を書いていき、それをまとめるという作業をしたのは今回が初めてでした。
「書き下ろし」ではなく連載コラムをまとめたものなので、もともとの「素材」はあります。月に2回、思いつくままに書かれた、テーマも内容もバラバラのテクストですけれど、それらは目の前に用意されている。料理にたとえると、まな板の上に置かれた食材をいかにして調理してゆくか。そうして一冊の本に仕上げていくわけです。

 この点では先ほど書いた一冊目の対談本となんら変わりはありません。「文字起こしたもの」から「連載コラム」に変わっただけですから。素材があって、それに手を加えるという点では同じです。
 しかし、大きく異なる点がひとつあります。
 それは「大きなストーリーのもとにふたたび編み直す」ということです。

 対談は、その場やその時間を共有した二人によって為されるわけで、いくらかの脱線や逸脱があるにしてもそこにはひとつの大きなストーリーが底流している。いや正確には、脱線や逸脱を含めた上での大きなストーリーがそこにはある。そうでなければ会話や対話は成立しません。リズミカルな会話の中で両者のあいだに自然発生的にストーリーは立ち上がる。それこそが対談本の醍醐味なわけです。

 でも今回はそうではない。大きなストーリーがない。もちろん僕という一人の人間が書きましたし、「身体にまつわること」というざくっとしたテーマもあるので、各テクストのあいだにはそれなりの共通性はある。けれども、ストーリーと呼べるような大きな流れはそこにはありません。もしかするとあるのかもしれませんが、少なくとも僕自身はそれをわかっていません。大きなストーリーを意識しながら書くことは僕にはとても窮屈に感じられるので、意図的にそれを避けているからです。

 では、このストーリーを誰が創るのか。編集者なんですね。
 僕がこの本を作るなかでもっとも驚いた、というか薄々わかっていたことに強烈な実感が伴ったのは、「編集」という仕事の中身でした。単行本化にあたって担当編集者の三島邦弘さんは、僕が1年間に亘って書き散らかしたテクストを並べ直し、章立てしてくれました。僕はそれを見た瞬間に、「そうか、こういうことを僕は言いたかったのか」と激しく膝を打ったのです。自分自身でもよくわかっていなかったストーリーが、そこには確実に浮かび上がっていた。
 今までの僕は、本は著者が書くもので、本ができるためにかかる労力のほとんどは著者が背負うものだと考えていましたが、そうではなかった。コラムの連載開始前に「素材を出せるだけ出してください」と三島さんに言われたことがふと思い出され、目次を眺めているときに、この言葉の意味もまた腑に落ちました。
 本は著者と編集者の共同作業で編まれる。この意味はこういうことだったのかと。

 そして、さらにここには装丁家も含まれる。
 もしも世の中にあるすべての本の表紙がどれもみな同じだとすれば、本を読む人は激減するに違いありません。あるいは数パターンの中から機械的に選ぶような、無機質なデザインばかりだとしてもそうなるでしょう。本読みの人にとってはあまりに当然なことですけれど、「当たり前なこと」はつい忘却の彼方に置き去りになってしまいがちです。少なくとも僕はこの「当たり前なこと」を忘れていて、このたびハッと気づかされました。
 矢萩多聞さんに手がけていただいた、あのダイナミックな装丁。それが加わって、この本は完成した。ジグソーパズルで最後のピースがハマったように、ピタッと「決まった」。
 著者と編集者と装丁家の共同作業で、本はできる。
 
 こんな当たり前なことを学ベただけでもこの本を書いた甲斐があるというものです。もうそれだけで満足です。
 というのはもちろん誇張した表現でして、やはりできるだけたくさんの皆様に手にとっていただきたいというのが本音であります。僕たちが作ったこの本をたくさんの方にご笑覧いただきたい。心よりそう願っています。
 
 最後になりましたが、これまでご愛読いただいた皆様には御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。お陰さまでこうして単行本になりました。

 ただ、単行本化するからといって、この連載は終わりません。まだまだ続きます。あくまでも単行本化にあたっての区切りとしての挨拶です。ということを念押ししておいて、ひとまず筆を置く、いやパソコンを閉じたいと思います。 
 次回の更新まで、今しばらくお休みをいただきますが、それまでは単行本の方を読みながら気長にお待ちくだされば幸いです。
 では、また。

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平尾剛(ひらお・つよし)

1975年大阪生まれ。神戸親和女子大学講師。元ラグビー選手の大学教員だが、現役時から7kg痩せたものだから当時の面影は残っておらず。マラソンは大の苦手。

同志社大学時代は長髪にあご髭を生やしてグラウンドを疾走。卒業後は三菱自動車京都を経て神戸製鋼所に入社。ウェールズで行われたW杯日本代表メンバーに選出され(1999)、社会人大会&日本選手権で優勝(2000−01)、新たに創設された日本ラグビートップリーグでは初代チャンピオンのメンバーとして活躍。(2003−04)。

引退時期がちらつき始めた頃に自らの怪我が引き金となって「身体」への興味が湧き、あれこれ研究を開始する。毎日新聞関西版の夕刊でコラムを連載(「平尾剛の身体観測」2006-2011)。その後は『ラグビークリニック』(ベースボールマガジン社)や『考える人』(新潮社)に寄稿するなど、楕円球をペンに持ち替えて奮闘中。

著書に『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、朝日新書)がある。

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