近くて遠いこの身体

第39回 短歌とラグビー、圧縮と解凍

2015.08.03更新

「短歌の番組に出演していただきませんか?」という電話がかかってきたのは6月だった。

 研究室に外線でかかってくる電話の半分以上は不動産関係の営業である。「マンション経営をしませんか?」という類の物言いに辟易としているヒラオは、いつでも機嫌が悪くなる準備をして受話器を上げた。恐る恐る取った電話で、よくよく話を聞けば、なんとテレビ出演の打診ときた。面食らったのは言うまでもない。
「でも、なぜに短歌⁈」
 もちろんヒラオには自分に白羽の矢が立った理由がよくわからない。楕円球を追いかけ、泥にまみれてきたヒラオには歌を詠む・読むといった高尚な趣味などない。いくつものクエスチョンマークが頭の中を飛び交う。
 しばらく先方の話をうかがっているうちに、だんだんみえてきた。
「NHK短歌」とは毎週日曜の朝に放送されている番組で、司会と選者、それにゲストを加えた3人で構成されている。元タカラジェンヌの剣舞さんが司会を務め、4名の選者が週替わりで出演する。そこに毎回異なるゲストを呼び、読者から投稿された歌を読む。
 この選者の一人に染野太朗さんという人がいて、この方のたっての希望でゲスト出演を依頼しているのですと電話の声は説明してくれた。なんでも、拙著『近くて遠いこの身体』を読んだ上での依頼らしい。これはうれしい。
 自分の書いた文章が歌人の琴線に触れた。このよろこびを胸に「それならば...」と二つ返事でオーケーしたのだった。

 もともとヒラオは異分野との交流を好む性分である。
 過去には福祉の現場で働く方々に向けての講演を引き受けたり、『合気道とラグビーを貫くもの』という対談本も著しているが、いわゆる「アウェーでの闘い」をヒラオは希求している。
 専門知識も前提条件もいったん括弧に入れる必要がある異分野との交流は、とても楽しい。ラグビーのラの字も知らない人にその面白さを伝えるのはたしかに骨が折れるが、ただ伝わったときの達成感はいわく表現し難いほどうれしい。視点を自らの外に置き、相手に伝わるように凝らした創意工夫が実を結んだ瞬間はたまらない。
 一見したところ異質なもののあいだに共通点を発見する作業は、それを通じて自らの限界を確実に押し広げてくれる。ときに互いの共通点が見つからず、なにをどう話しても伝わらなくて胆を冷やすこともあるにはあるが、総じれば新しい発見に満ち溢れている。

 しかし、そうはいっても今回のこのオファーは、いくらなんでもアウェーに過ぎやしないか。短歌とラグビーでは、ほぼ対極にある文化といってもいい。共通点など存在するのだろうか。そして先方の期待に応えることができるのか。空振りに終わったらどないしよ...。

 快諾したものの、電話を切ったあと冷静になったヒラオの胸中には弱気の虫が這いずり出す。ただ、どんな決断であっても下したあとというのはだいたいいつもこんな心理状態になるから、さほど心配はしていなかったのだが、あまりの異分野っぷりにいささか怖気づいた。失敗してもひとつのネタになるからいいかと開き直る努力もしてみたが、一向に不安は拭えない。


 実はすでに収録は終えている。ただし、まだ放送はされていない。放送前にその内容についてあれこれ書くような野暮なことはしないが、なぜ染野さんはヒラオを指名したのか、その理由くらいは書いておいてもよいだろう。

 染野さんをはじめとする番組スタッフからの要望により今回の出演が実現したわけだが、「アウェーでの闘い」に挑もうと肩に力が入っていたヒラオとは違い、染野さんは両者の共通点を当初から明確に描いておられた。「短歌とラグビー」ということではなく、それらを通じて試みているその姿勢に染野さんは共感を抱いてくれていた。自らが取り組む「歌を読む」という営みに、ヒラオが取り組む「コツやカンなどの感覚を言葉にする」という研究をトレースしていたのだ。
 短歌とは、いってみれば情景や感情を言葉に圧縮したものである。秋口に頬をなでる風の清々しさだとか、新緑にきらめく山肌の美しさとか、蛙とび込む水の音だとか、歌には情景や感情が詰め込まれている。しかもそれらは時間や空間を超え、遥か昔の歌人たちの心に去来した感情や、目にし耳にした情景が歌に込められている。つまり「歌を読む」とは、言葉のなかに詰め込まれ、圧縮された情景や感情を解凍すること。染野さんは、圧縮された言葉から豊穣な感覚を、いかに鮮度を保ったまま解凍するかに取り組んでいる。

 対するヒラオの研究は、プレーヤーがグラウンド上で感じている身体感覚(コツやカン)をできるかぎり微細に言葉に置き換えることにある。全身で享受している豊穣な感覚を、その本質を損なわないように細心の注意を払いながら言葉に圧縮することに取り組んでいる。

 もうおわかりかと思う。
 ヒラオは感覚を言葉に圧縮する。染野さんは圧縮された言葉から感覚を解凍する。ベクトルは正反対だが、言葉と感覚に真っ向から取っ組み合う点で共通している。ここに染野さんは共通点を見出していたのである。
 さらにもうひとつ。
 言葉を解凍するとはいっても、当然のことながら電子レンジでチンするように手軽にできるわけではない。解凍の仕方こそが読み手の腕の見せどころである。

 解凍する際に染野さんが大切にしているものがある。「身体」だ。比喩や象徴などの表現だけでなく、詠み手の身体感覚にまで踏み込んで読み解く「身体を能動的に使うという読み方」を心がけている。浮かび上がる情景の中で、詠み手が感じているであろう暑さや寒さや痛さなどの身体感覚を呼び覚ます。そうした直の感覚から生まれる感情までをも解凍しようと挑んでいるというわけだ。

 言葉を圧縮し、解凍する。しかもその際のキーワードが身体とくれば、話が合わないわけがない。今回の異分野交流は、お会いするなり話が弾んだ時点でこちらとあちらを分ける垣根が消失した。
「アウェーでの闘い」はほどなくノーサイドを迎えたのだった。
 
 番組の放送は8月9日(日)朝6時です。どうぞお楽しみに。
 
 

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平尾剛(ひらお・つよし)

1975年大阪生まれ。神戸親和女子大学講師。元ラグビー選手の大学教員だが、現役時から7kg痩せたものだから当時の面影は残っておらず。マラソンは大の苦手。

同志社大学時代は長髪にあご髭を生やしてグラウンドを疾走。卒業後は三菱自動車京都を経て神戸製鋼所に入社。ウェールズで行われたW杯日本代表メンバーに選出され(1999)、社会人大会&日本選手権で優勝(2000−01)、新たに創設された日本ラグビートップリーグでは初代チャンピオンのメンバーとして活躍。(2003−04)。

引退時期がちらつき始めた頃に自らの怪我が引き金となって「身体」への興味が湧き、あれこれ研究を開始する。毎日新聞関西版の夕刊でコラムを連載(「平尾剛の身体観測」2006-2011)。その後は『ラグビークリニック』(ベースボールマガジン社)や『考える人』(新潮社)に寄稿するなど、楕円球をペンに持ち替えて奮闘中。

著書に『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、朝日新書)がある。

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