近くて遠いこの身体

第42回 ラグビーW杯2015、決勝戦の概観

2015.11.05更新

 ヒラオの心には祭りのあとの静けさが漂っている。というのも約1カ月半に渡って死闘を繰り広げたラグビーW杯が、先日、閉幕したからである。 

 ご存知の方も多いかと思うが、優勝は大方の予想通り「オールブラックス」の愛称で呼ばれるニュージーランド(以下NZL)であった。予選プールでは細かなミスが目立ち、本調子を欠くような面もみられたが、決勝トーナメントに入ってからは危なげない戦いぶりで一気に頂点まで駆け上がった。
 決勝Tでの初戦となる準々決勝はフランスが相手。過去には下馬評を覆されて苦杯をなめた苦手フランスを相手に、62点をもぎ取る圧勝だった。NZL本来の、細かくパスをつないでの連続攻撃はため息が漏れるほど強く、そして美しかった。

 続く南アフリカ戦はやや苦戦を強いられる。今大会ベストパフォーマンスをみせる相手に手こずるも、粘り強さを見せつけて僅差の勝利を呼び込んだ。この試合での南アのディフェンスは、ほぼ鉄壁であった。NZLが連続攻撃を仕掛けようとしても激しいタックルですぐに倒されて、次の選手にジャッカル(ボールに絡む)される。相手ボールを奪い取る「ターンオーバー」を繰り返す。もともとディフェンシブなスタイルの南アが持てる能力を存分に発揮する展開に、眠れる獅子の目覚めを予感させた。
 攻めるNZL、守る南ア。
 一進一退の攻防に手に汗を握ったが、最終的にNZLが競り勝つ。「鉄壁」に屈しなかったNZの強さに鳥肌が立った。それほどに南アのディフェンスは凄まじかった。
 それにしても日本代表はこの南アによくぞ勝ったものだ。あらためてその偉業を噛みしめた試合でもあった。


 そしていよいよ決勝戦である。相手はオーストラリア(以下AUS)。
 一言でいえば「ものすんごい」試合だった。
 NZLはキックオフ直後から怒涛の攻撃を仕掛けて相手を自陣に釘付けにする。テンポを上げて攻め続ける前半の戦いぶりからは圧勝が予測されるほど、NZLの充実ぶりが際立っていた。「接点」でのリッチー・マコウ(7番)の働きぶり、ドレッドヘアを振り乱してのマア・ノヌー(12番)の突進、アーロン・スミス(9番)とダン・カーター(10番)のハーフ団が作り出す小気味よいリズムとテンポ。大型ウイングのジュリアン・サベア(11番)やフォワードの面々が効果的な突進を繰り返し、ネヘ・ミルナースカッダー(14番)がとどめを刺す。この流れるような展開に、ひとりでの観戦ながら自宅は興奮の坩堝と化した。

 だが、予想に反して後半に入ると流れが変わる。
 きっかけはNZLのベン・スミス(15番)のシンビン(10分間の一時的な退場)。NZLが14人になったのを機にAUSが反撃に転じ、ゴール前のモール(たくさんの選手が一塊となって押し合うプレー)を押し込みトライ。その後もテビタ・クリンドラニ(13番)がトライし、4点差に迫る。
 これで勝負の行方はわからなくなった。どちらが勝ってもおかしくない。
 この瞬間、ソファの上で観戦していたヒラオは居ても立ってもいられなくなり、脇にあったクッションをお腹に抱えた。

 そして再び画面に見入る。
 AUSの追い上げに会場の興奮が最高潮に達したその直後だった。NZLのD・カーターは、至って冷静にドロップゴールを決める。それもこの場面で蹴るかという予測不能なタイミングで。あれほどコンパクトなドロップキックをヒラオはいまだかつて見たことがない。まるで誰もいないグラウンドでひとり練習しているかのごとく、「かるーく」蹴ったボールがクロスバーの上を越えていく。その瞬間だけ時間が止まったようにも見えた。
 これで点差は7点になった。つまり「ワントライ・ワンゴール」の差だ。
 さらにそのすぐ後、NZLにペナルティゴールのチャンスが訪れる。キッカーはもちろんD・カーター。50m近い距離のキックを難なく決めて、これで10点差。ワンチャンスではつかまえられない「セーフティーリード」となる。
 ここで勝負あり、である。


 ラグビーは試合終了時間を過ぎてもプレーが途切れなければ試合は続く。ボールがグラウンドの外に出たり、反則がない限り(ペナルティキックは除く)試合終了のホイッスルは鳴らされない。日本代表対南アの試合を観た人は最後のシーンを振り返ればわかりやすいのだが、あの逆転トライはフルタイムの80分を過ぎても攻撃を継続できたからこそ奪うことができた。プレーが継続していればタイムアップにはならないのである。

 ということは、である。
 7点差以内のビハインドであれば最後の最後で追いつく可能性が残る。大逆転というラストチャンスが残されるわけだ。そうなれば追うものの強みで、リードしている側に少なからずプレッシャーがかかる。うまくいけば、逆転勝利という劇的な展開を望む観客の応援が後押しして特殊な雰囲気がスタジアム内に醸成される。こちらも日本代表対南ア戦を振り返ればわかるはずだ。日本代表キャプテンのリーチマイケルがキックを狙わずスクラムを選択したあの瞬間は、スタジアムの内外を問わず試合を観る者のほとんどが日本代表の勝利を願っていた、と言っても過言ではないだろう。
 ワンチャンスでは逆転できない8点差以上の「セーフティーリード」を保つこと。これがラグビーにおける戦い方の鉄則である。

 10点差をつけたNZLはひとまず安堵できる。冷静になれる。反対に、どんなかたちでもいいからできるだけ早く得点しないことには勝利が遠のくAUSには、焦りが生じる。時間が過ぎれば過ぎるほどこの焦りは増す。
 最後にだめ押しとなったボーデン・バレット(22番)のトライは、焦るAUSのミスに乗じたもの。つまり勝負そのものはあのドロップゴールでついていたのである。
 これがD・カーターの2本のキックで勝負がついたとヒラオが判断する理由である。

 ラグビーの試合では、よほどの実力差がない限りは最初から最後まで一方的な試合展開になるというのは稀である。試合の流れは揺らぎながらその都度どちらかに傾くもの。勝利の女神は気ままなのだ。
 試合の序盤からペースをつかみ続けたのはNZLだったが、後半に入って一度だけAUSに流れが傾いた。その一瞬をAUSは見逃さずに劣勢を挽回した。その集中力たるやさすがの一言で、今大会のNZLを相手に大一番でここまでのパフォーマンスを発揮できるのはおそらくAUSだけだろう。
 ここぞとばかりに集中力を高め、意地をみせたAUS。
 その猛攻を真正面から受け止めて跳ね返したNZL。
 AUSが勝利に指一本だけ引っ掛かけたその瞬間にギアを上げて勝負を決めたNZLは、とてつもなく強かった。
 と、いまだ醒めやらぬ興奮が、静けさの中にまるで種火のように燻っているヒラオである。


 最後にこれから行われる国内リーグについて書いておくことにする。
 国内では来る11月13日にトップリーグが開幕する。今シーズンはW杯の開催に合わせて変則的な日程で行われるため試合数は少なく、1月の終わりまでの約2カ月間で日本一を競う。日本代表メンバーが所属チームに戻り敵味方に分かれて戦うので、「昨日の友は今日の敵」の小競り合いを楽しんでもらいたい。各チームに散らばった代表選手を気にしつつ観戦するのもいいかもしれない。

 例年ならトップリーグが終わるとシーズンオフに入るのだが、今年はいささか様子が異なる。毎年2月末から7月にかけては南半球主体で世界最高峰のリーグともいわれるスーパーラグビーが行われているのだが、そこになんと日本チームの参戦が決定しているのである。
 「サンウルブズ」という日本代表に準じるチームを結成して、世界に挑む。サンウルブズが行う全試合のうち5試合が秩父宮ラグビー場で予定されているので、観戦希望者は要チェックである。
 W杯での躍進からトップリーグ、そしてスーパーリーグへと続く2015--2016シーズンは、ラグビーファンにとってまさに至福の時間となるだろう。

 この度の日本代表の活躍でラグビーに興味が湧いた人はぜひ現地に足を運んで試合を観戦してほしい。
 鍛え上げられた身体がぶつかり合うときの音、スクラムやモールから発する熱、流れるようにつながるパスに空中に止まったままなかなか落下してこないキックなど、ライブならではのおもしろさが味わえること、間違いなし! 乞うご期待!

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平尾剛(ひらお・つよし)

1975年大阪生まれ。神戸親和女子大学講師。元ラグビー選手の大学教員だが、現役時から7kg痩せたものだから当時の面影は残っておらず。マラソンは大の苦手。

同志社大学時代は長髪にあご髭を生やしてグラウンドを疾走。卒業後は三菱自動車京都を経て神戸製鋼所に入社。ウェールズで行われたW杯日本代表メンバーに選出され(1999)、社会人大会&日本選手権で優勝(2000−01)、新たに創設された日本ラグビートップリーグでは初代チャンピオンのメンバーとして活躍。(2003−04)。

引退時期がちらつき始めた頃に自らの怪我が引き金となって「身体」への興味が湧き、あれこれ研究を開始する。毎日新聞関西版の夕刊でコラムを連載(「平尾剛の身体観測」2006-2011)。その後は『ラグビークリニック』(ベースボールマガジン社)や『考える人』(新潮社)に寄稿するなど、楕円球をペンに持ち替えて奮闘中。

著書に『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、朝日新書)がある。

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