近くて遠いこの身体

第43回 「やればできる」を観に行こう!

2015.12.09更新

 今シーズン初めてスタジアムに足を運んだヒラオは、その観客数の多さに驚きを隠せなかった。もちろん噂は耳にしていた。チケットの売り上げが例年の10倍だとか、無料チケットの引き換えブースに長蛇の列ができたとか、昨年までとは比較にならないほどラグビーが注目を集めていることは、メディアのみならず先輩や後輩や友人からも聞き及んでいた。だからそれなりに予想はしていたものの、こちらの想像を軽く超えるほどの賑わいをみせていた。

 観戦したのは神戸製鋼コベルコスティーラーズ vs NTTドコモレッドハリケーンズの試合。地元神戸はユニバー記念競技場での試合に、寒空の中を友人たちと一緒に出かけたのである。その中の一人はご家族も一緒で、奥様と娘さんはこの度のW杯での日本代表の活躍がきっかけですっかりファンになったらしい。
 初対面の挨拶もほどほどに、「こんな面白いスポーツがあったんですね!」と興奮気味にまくし立てる。こちらが選手の名前を口にするたびに「その田中選手って、カラダは小さいのにすごいタックルする人でしょ?」などと、すぐさま返しがくる。選手名だけでなく、いろいろ詳しい。このW杯からラグビーを見始めたとは思えないほどの博識ぶりに、どれだけラグビーの魅力に取り憑かれているのかがびんびん伝わってくる。
 こういうのは経験者からすればものすごくうれしい。
 ヒラオは心の中で満面の笑みを浮かべていた。

 ラグビーブームの到来は、チケットの売り上げや観戦者数からもわかるのだが、ブームそのものを実感するのはこうした生の声だ。目をキラキラさせながらこちらに耳を傾けてくるお二人の姿にそれを感じ、またラグビーチケットブースから観客席へと移動する道中にどこかから聞こえてくる何気ない会話からも、観戦を心待ちにしている様子がみてとれる。
 明らかに昨年までとは違う雰囲気がスタジアムに流れている。そのことにヒラオは驚きを隠せなかったのだ。
 

 試合はなんと、神戸製鋼が敗北を喫した。「なんと」と驚いてみせたのは、まさか負けることはないだろうと高を括っていたからである。昨シーズンの成績でいうと神戸製鋼が3位、NTTドコモは11位。さらに1次リーグとしてのファーストステージでは、神戸製鋼は引き分けをはさんでの全勝、NTTドコモは全敗。昨年の成績だけをみれば両チームの実力差は明らかである。

 今季、その差は縮まったかもしれないと予測できる要素は確かにあった。NTTドコモは大型補強に成功していたからだ。先のW杯で南アフリカ代表として活躍したLO(ロック)のエベン・エツベス、SO(スタンドオフ)のハンドレ・ポラード、CTB(センター)のジェシー・クリエルの3選手が新加入した。3人ともに20代前半でまさに今が全盛期、いやまだまだ伸び盛りで、その潜在能力は計り知れないものがある。
 事実、この試合ではクリエル選手の卓越したプレーが神戸製鋼のディフェンスラインを切り裂いていた。勝負所とみるや否や、走るスピードを上げる嗅覚はさすがの一言だった。

 彼らがチームでうまく機能すればNTTドコモは台風の目になるのではないか。シーズン前にはそんな予感を抱いてはいた。しかしながら、チームスポーツでは能力に優れた選手が1人2人加わったところで、実力差がひっくり返るまでには至らない。ひとつの組織として選手同士の連携を密にしなければ、攻撃も防御も奏功しない(ちなみに、外国籍の選手は一度に2人までしか出場できない国内ルールがあるため、彼らが同時にプレーすることは叶わない)。
 彼らの実力は認めるものの、来日して間もない彼らがすぐチームの戦術に馴染むのは難しい。チームの一員として機能し始めるのは少なくともシーズン終盤になってからのはずだ。だから、接戦になることはあったとしても、負けることはないだろう。そう予測していたのである。
 甘かった。ヒラオは自らの見立てに苦虫を噛み潰している。

 もともとラグビーは番狂わせの少ないスポーツなのだが、今年のトップリーグはシーズン序盤にもかかわらず格下が格上に勝つ試合が続いている。この試合以外に、NTTコミュニケーションズが東芝ブレイブルーパスに、近鉄ライナーズがサントリーサンゴリアスに、それぞれ勝利を収めている。

 また、大学ラグビーでは、6連覇中の帝京大学が筑波大学に敗れる波乱が起きた。ここ数年の帝京大学は際立っており、ラグビー仲間のあいだでは「頭1つどころか3つ分くらい抜けている」と囁かれるほどである。
 ここだけの話、ヒラオは前出の3試合よりもこちらのほうが驚きだった。
 いわゆる「アップセット」と呼ぶこうした試合は、例年、シーズンを通しても2試合あるかないかだ。それが序盤で頻出している。明らかに昨年までとは違う今年の傾向をみれば、このW杯での日本代表の躍進が影響を及ぼしているのは明らかである。

 12月1日付の日本経済新聞がそれを見事に指摘している(※)。
 かの南アフリカ戦での勝利を含むW杯3勝という快挙が、どれだけ困難なことかをラグビーに携わる人はわかっている。肌で感じている。「やればできる」と希望を強く持った選手が日本中にたくさん生まれているのではないか。それがこの度の番狂わせを生む要素のひとつとなっているという指摘に、ヒラオは満腔の意を持って同意する。

 ラグビーだけでなくスポーツ界には「名前負け」という現象がある。対戦相手の伝統や実績に怯んでしまう心理状態を指すのだが、新興チームや実績に劣るチームにとっては勝利を阻む壁として燦然と立ちはだかる。
 井上雄彦の漫画『スラムダンク』を読んだことのある人ならば、山王工業との一戦を思い出せばわかるはずだ。物語も終盤、主人公である桜木花道らの所属する湘北高校が伝統校の山王工業から勝利をもぎとるまでの紆余曲折が、色鮮やかに描かれている。伝統のユニフォームや試合前のウォーミングアップを見るだけで、すべてが自分たちよりも優れていると思い込まされる。
 あるいは、結局は山王工業の勝利を望んでいる観客からの重圧でいつも以上の緊張が強いられる。スポーツ経験者なら一度は経験したことがある、あのヒリヒリするような臨場感が伴う。

 言ってみれば自分自身で勝手に相手を大きくすること。それが「名前負け」である。
 伝統や実績のあるチームを前にしたときに、選手は否応なくこのプレッシャーと向き合う。誰もが皆「やればできる」と思いたいが、現実としてそれはとても難しい。「相手は同じ人間なのだから」と言い聞かせるぐらいでは、このプレッシャーから逃れられない。

 そんなとき、あの南アフリカ戦を思い出す。W杯における日本代表の試合を思い浮かべる。映像として焼きついたあのシーンを脳裏に浮かべることで、このプレッシャーを、すべてではないにしてもかなりの部分、はねのけることができる。
 今シーズンのトップリーグは、もしかすると思いもよらないチームが優勝するかもしれない。というのはいささか勇み足だろうが、拮抗する場面や僅差の試合がこの先も観られるはずだ。選手たちの「やればできる」が結実した試合を、ヒラオはとても楽しみにしている。

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※ 日本ラグビー勝利への扉「ラグビー新シーズンは波乱続出、代表が生んだ好循環」日本経済新聞2015/12/01

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平尾剛(ひらお・つよし)

1975年大阪生まれ。神戸親和女子大学講師。元ラグビー選手の大学教員だが、現役時から7kg痩せたものだから当時の面影は残っておらず。マラソンは大の苦手。

同志社大学時代は長髪にあご髭を生やしてグラウンドを疾走。卒業後は三菱自動車京都を経て神戸製鋼所に入社。ウェールズで行われたW杯日本代表メンバーに選出され(1999)、社会人大会&日本選手権で優勝(2000−01)、新たに創設された日本ラグビートップリーグでは初代チャンピオンのメンバーとして活躍。(2003−04)。

引退時期がちらつき始めた頃に自らの怪我が引き金となって「身体」への興味が湧き、あれこれ研究を開始する。毎日新聞関西版の夕刊でコラムを連載(「平尾剛の身体観測」2006-2011)。その後は『ラグビークリニック』(ベースボールマガジン社)や『考える人』(新潮社)に寄稿するなど、楕円球をペンに持ち替えて奮闘中。

著書に『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、朝日新書)がある。

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