近くて遠いこの身体

 『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)の著者で、元ラグビー日本代表の平尾剛さん。本書には世界と戦った現役時代の体験と、引退後には研究者として取り組む身体論の研究から、「身体の感覚を深め、言葉にすること」への経験知が綴られています。
 そして、本書を読んだ神奈川県立荏田高校の嘉登先生から、平尾さんへラブコールが! 晴れて2015年11月、荏田高校の全校生徒約1,200名を前に、平尾さんの講演が実現。
 その冒頭から、運動をしている人ならだれもが気になる平尾さんからの問いかけに、生徒たちは一気に引き込まれていったのでした。
 講演の模様を、全3回に分けてお伝えします。


番外編 身体を使うって面白い〜荏田高校の講演より(2)

2016.02.04更新

細いねんけどあいつ倒れへんよなあ

『庄内藩の米札から山居倉庫米券へ の移り変わり:ふるさとの歴史』三上初子著、 1985年 p.109より


 先ほどは「どうやってうまくなるのか」という話から、「感覚」の話になりました。じゃあ、「身体」の使い方はどうしたらいいのか? それが分かる写真を持ってきました。

 これは、5俵の米俵を担いでいる写真です。一俵が60キロ。5俵あるので、300キロを女性が担いでいます。この写真を初めて見たときはとても驚きました。僕はバーベルでも300キロを背負ったことはありません。担ぐということは、これで歩いていたと思われますから、なおさらすごい。こういうことが昔の日本人にはできたんです。
 なぜこんなことができたと思いますか?

 実はこれ、身体の使い方に秘密があるんです。写真を見た感じ、歯は食いしばっていないでしょう? 大地を踏みしめるようにグッと踏ん張った感じもない。膝もどうやらつっぱっていない。つまり、力みがみられない。この人たちは、身体全体がこの重量に耐えられるような構造を作っているんですね。「筋力」に頼らず立っています。身体の使い方を整えることで力を発揮しているんです。

 皆さんは、筋トレはしていますか?
 スポーツ選手の先輩として一つアドバイスをすると、自分の体重で行なう腹筋や背筋などは続けても構わないけれど、バーベルやダンベルを用いての筋トレはあまり真面目にしないほうがいいです。部分ごとに別々に鍛えた筋肉には実用性がないから。それどころか、場合によってはパフォーマンスの邪魔をすることだってある。腕、肩、腹、背中、太もも、膝、足首など、身体の各部がうまく協調してこそ初めて高いパフォーマンスが発揮されます。
 でも、ある部分だけを不自然に太くしてしまえば、この協調性が崩れてしまう。もし、筋トレがそのままパフォーマンスに直結するのではあればボディビルダーがもっとも優秀なアスリートということになるけれど、現実にはそうなっていません。「部分的に肥大化させた筋肉」は「実際の動きのなかでついた筋肉」には遠く及ばないのです。

 そういえば、周りにいませんか? たとえばサッカーやバスケットなんかで、見た目は細身なのにぶつかってもなかなか倒れない選手。「細いねんけど、あいつ倒れへんよなあ」という人。いわゆる「体幹が強い」と言われる選手です。ラグビーにはいますよ。そういう選手って、無意識のうちにこういう身体の使い方をしているんです。


「ミスをしないでおこう」という意識こそが、ミスである

 少し話を変えましょう。
 たとえば皆さん、コーチや先生から「ミスをしたらあかん」って怒られたことはありませんか?
 もちろん、ミスをなくすことは大切です。試合の敗因はミスです。こんなことはありえないけれど、もし両チームともにミスがゼロの試合があったとすれば、結果は0−0になる。試合に負けるのはミスが多いチーム。だからミスは絶対に減らさなければなりません。だからといって、ミスしたらダメだと叱られただけでミスは減らないですよね。「ミスをするな!」と叱られたときに「そんなんわかってるわ」と思ったことある人は、たぶんたくさんいるはず。ミスって、つい出てしまうものなんです。
 「ケアレスミス」は違いますよ。あれは心の準備不足や集中力が原因で、これは叱られても仕方がありません(笑)。

 僕は「ミスしたらあかん!」と厳しく言い立てる指導はダメだと考えています。なぜなら、ミスを怖がることによって生まれる「縮こまり」が、著しくパフォーマンスを落とすことになるから。ミスを厳しく咎める指導者のもとでは、どうしても「ミスをしてはいけない」という意識が強くなります。叱咤激励ならまだしも、威嚇するような激しい口調で繰り返し注意されたら、選手は当然のように「挑戦」はしなくなる。自分の役割以上のプレーに挑まなくなり、確実にこなせるプレーばかりを選択するようになる。
 これは意識的にではなく、無意識にそうなってしまう。

 先日のラグビーW杯で優勝したニュージーランド代表に、リッチー・マコウという選手がいます。
 彼は世界的な名プレーヤーなんですが、ニュージーランド代表の監督がいうには、「彼は、練習では誰よりもミスをする」らしい。そして、「だからこそ、ここまでの選手になったのだ」と。これにはすごく納得させられました。ミスというのは、うまくできるかどうかわからないプレーにも積極果敢に挑戦した結果なんです。技術や能力を高めるには自らの限界を超えなければなりません。つまり、リッチー・マコウ選手がたくさんのミスをするのは、自分の能力を高めるためなんですね。

 だから、ミスの内容を見ないといけないんです。自分の役割を超えて誰かのカバーリングにいって、他人の役割までを担おうとした結果生じたミスは、本当の意味でミスではない。強いて言えば、カバーできるはずのところで躊躇したことがミスなんです。細かいですけれど、こういうところにパフォーマンスの差が生じる。
 「ミスをしないでおこうという意識」こそが、最大のミスなんですよね。「ミスをしないでおこうという意識」は、ともすれば成長を阻害する足かせとなるんですから。

 チームスポーツで大切なことは、ミスの内容を見極められる指導者と、互いのミスをきちんと認め合える仲間がいることです。「今のは惜しかった! どんまい!」という励ましの一言があるのとないのとでは、全然違ってくる。不機嫌そうな顔をしての「ちゃんと捕れや〜!」という一言は、確実にチームの雰囲気を悪くする。些細なことかもしれないけれど、チームの士気にかかわるという意味ではとてもとても大切なことです。


すぱっと切り上げるのも、上達の秘訣

 それから、練習時間は短いほうがよいです。というと、ちょっとびっくりするかもしれないけれど、練習はしすぎないほうが断然よい。

 スランプに陥っているときは、どうしても練習したくなります。四六時中そのことばっかり考えてしまう。イライラもするし、胸のあたりにモヤモヤがずっと残る。僕の経験では、上達する瞬間というのは、そういう、今までできたことがちょっとできなくなったスランプを経たあとが多いんです。これはもちろん、個人差があると思いますが、僕の場合はそうでした。今までできていたことをいったん整理しないと、身体はバージョンアップしない。

 だから、こういうときは気にしないのがいちばん。思い切って練習を休むか、趣味とか勉強とかなにか別のことをして過ごすのをオススメします。情熱を傾けて取り組んでいる部活なのに、こんなふうにびのんびりするのは確かに難しいとは思います。とくに皆さんくらいの年代ではそうでしょう。一刻も早くいつもの調子を取り戻したいから練習をしなきゃ、となる。でもね、これが逆効果なんです。なんとかモヤモヤを解消しようとして、練習に励めば励むほどわけがわからなくなってくる。そのうち、だんだんネガティブになってくる。ついに「自分はこのスポーツは向いていない」と思い始めたら、スランプの負の連鎖に突入です。

 こんなときは、練習をすぱっと切り上げて、部活とは別の好きなことをする。読書でもいいし、映画でもいい。そういう時間をうまく取れるということも、身体感覚を深めるためには大切ですし、上達していくためのひとつの秘訣だと思います。


(つづきます)

    

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平尾剛(ひらお・つよし)

1975年大阪生まれ。神戸親和女子大学講師。元ラグビー選手の大学教員だが、現役時から7kg痩せたものだから当時の面影は残っておらず。マラソンは大の苦手。

同志社大学時代は長髪にあご髭を生やしてグラウンドを疾走。卒業後は三菱自動車京都を経て神戸製鋼所に入社。ウェールズで行われたW杯日本代表メンバーに選出され(1999)、社会人大会&日本選手権で優勝(2000−01)、新たに創設された日本ラグビートップリーグでは初代チャンピオンのメンバーとして活躍。(2003−04)。

引退時期がちらつき始めた頃に自らの怪我が引き金となって「身体」への興味が湧き、あれこれ研究を開始する。毎日新聞関西版の夕刊でコラムを連載(「平尾剛の身体観測」2006-2011)。その後は『ラグビークリニック』(ベースボールマガジン社)や『考える人』(新潮社)に寄稿するなど、楕円球をペンに持ち替えて奮闘中。

著書に『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、朝日新書)がある。

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