近くて遠いこの身体

 『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)の著者で、元ラグビー日本代表の平尾剛さん。本書には世界と戦った現役時代の体験と、引退後には研究者として取り組む身体論の研究から、「身体の感覚を深め、言葉にすること」への経験知が綴られています。
 そして、本書を読んだ神奈川県立荏田高校の嘉登先生から、平尾さんへラブコールが! 晴れて2015年11月、荏田高校の全校生徒約1,200名を前に、平尾さんの講演が実現。
 その冒頭から、運動をしている人ならだれもが気になる平尾さんからの問いかけに、生徒たちは一気に引き込まれていったのでした。
 講演の模様を、全3回に分けてお伝えします。


番外編 身体を使うって面白い〜荏田高校の講演より(3)

2016.02.05更新

ケガの多い現役時代でした

 運動部で、けがをたくさんしてしまう人、けがに悩んでいる人も多いと思います。
 怪我をする理由についてはさまざまですが、一つ挙げるとすれば「やりすぎること」。つまり強引なプレーです。120%の力を発揮しようとして怪我をしてしまう。

 僕は、ものすごーく、たくさんの怪我をしました。骨折が6回、全身麻酔の手術も3回経験しました。引退をしたのも怪我が原因で、脳震とうの後遺症でものが二重に見えるようになって、現役を続けられなくなりました。なので、怪我との付き合いが長いという点でも日本代表かもしれません(笑)。

 なぜこんなに怪我をするのだろう。ずっと考えていましたが、現役時代にはついにわかりませんでした。リハビリも、復帰までのトレーニングも、真面目にこなしたのに、また怪我をする。やりきれませんでした。引退してから研究者として現役時代を振り返ってみて、怪我をする原因が「120%のプレー」だったことにふと思い当たったんです。
 けれど現役当時をさかのぼれば、120%ではなく等身大のプレーを心がけるなんてことはできなかった。ラグビー選手にしては華奢だし、日本代表とはいってもレギュラーにはなれなかったので、もっと上手くならなあかんという想いが強かった。今以上の選手になるには常に120%でやるしかない。そう思っていました。

 たとえば足首を捻挫して、腫れが引かずに痛みが伴っていても、また脱臼癖のある右肩の調子が悪くても、監督に「いけるか」と訊かれたら「いけます、大丈夫です」と言う。肉体がフレッシュで、回復力も高い20代前半ならなんとなかるんです。でも、加齢とともに無理が利かなくなり、その歪はだんだん蓄積されていきます。
 脳震とうは、軽度のものを含めればその回数は数え切れません。1試合に3度、という経験もしました。おそらくこうした一つひとつが積み重なって、現役晩年の大きな怪我につながったのだろうと思っています。
 だからぜったいに無理は禁物です。意識の上では少し余裕をもたせて80%くらい。このくらいの力の抜け方が妥当だろうなと思います。


自分の身体と向き合えるのが、本当の精神論

 たとえ怪我をしていても、いざ試合に出るとプレーできるんですよね。アドレナリンが出るから痛みもあまり感じない。だけど中には、これはさすがにプレーはできないだろうという怪我もあります。激しく痛むし、腫れも残っていて、明らかにこれは異常だと直感するときもある。チームドクターに次の試合に出場することができるかを訊ねても、どうも言葉を濁す。つまり、状態がかなり悪いんですよね。
 自分の身体だからなんとなくわかるんです。無理が効くか効かないかは。その境目は身体そのものがわかってるんですよね。身体からの声に従えば休むしかない。というよりも休みたい。だって、明らかに痛みの質も違うし、患部には得体の知れない違和感があるんですから。でも目標としてきた大会が目前に控えていたり、同じポジションに若手選手が育っていたりすれば、やすやすと休んではいられない。やっと手にしたレギュラーポジションは誰しも手放したくないですからね。
 身体からの声を優先するか、それともその声を無視して強引に出場するか。

 怪我の多い人は、ここで無理をしてしまう。
 スポーツをする者にとって、これはとても難しい選択だということはわかってます。もし身体からの声に正直になって休んだ場合は、「痛いことから逃げた」と周りに思われているのではないかという不安が生まれる。「ほんまに痛いんか?」という目とも戦わなければいけない。かといって無理をすれば身体には取り返しがつかない傷が残る。いずれの選択をしても葛藤は生じる。
 皆さんのなかにも心当たる人がいるかもしれない。当事者でなければわからない苦渋の決断だと思います。けれど、「怪我の先輩」から言わせてもらえると、やはり身体を大切にしてほしい。せめて痛みの質を見極めようと努めてほしいんです。
 「無理をしても大丈夫な痛み」なのか、それとも「休まなければいけない痛み」なのか、それを見極める感覚を身に付けられるように努力してください。信頼を寄せるドクターに診てもらうのもその一つです。でないと、怪我があとからどんどんと襲ってきますよ。経験者が語るので間違いありません(笑)。

 痛くて痛くてどうしようもない。いやな違和感もある。だけど指導者からは怒られるだろうし、チームメイトにも切り出しにくい。なんとなく「気まずい」から試合に出る決断をする。根性でなんとかなるかもしれないし......これは精神論ではありません。きちんと自分の身体と向き合えるのが本当の意味での精神論です。自分の身体からの声を聞いて、その声に従って断る勇気を持っている。これが「根性がある」ということです。


終わりに

 今日お話したことは、僕が引退してから身体論を研究するなかで、だんだん言葉にできたことばかりです。経験したことを改めて見つめ直して、その際に発見したことをお伝えしました。
 「感覚を深めていくこと」を意識して、自分の身体をもっと深く知ろうとする。すると皆さんにも必ず、今とは違った世界が拓けてくるはずです。感覚ってすぐには身につかないけれど、日々意識して取り組めば、どういうものかわかるときが必ずきます。わかろうとするだけで、感覚は変わり始めるものですから。

 今日はありがとうございました。


   

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平尾剛(ひらお・つよし)

1975年大阪生まれ。神戸親和女子大学講師。元ラグビー選手の大学教員だが、現役時から7kg痩せたものだから当時の面影は残っておらず。マラソンは大の苦手。

同志社大学時代は長髪にあご髭を生やしてグラウンドを疾走。卒業後は三菱自動車京都を経て神戸製鋼所に入社。ウェールズで行われたW杯日本代表メンバーに選出され(1999)、社会人大会&日本選手権で優勝(2000−01)、新たに創設された日本ラグビートップリーグでは初代チャンピオンのメンバーとして活躍。(2003−04)。

引退時期がちらつき始めた頃に自らの怪我が引き金となって「身体」への興味が湧き、あれこれ研究を開始する。毎日新聞関西版の夕刊でコラムを連載(「平尾剛の身体観測」2006-2011)。その後は『ラグビークリニック』(ベースボールマガジン社)や『考える人』(新潮社)に寄稿するなど、楕円球をペンに持ち替えて奮闘中。

著書に『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、朝日新書)がある。

近くて遠いこの身体

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