近くて遠いこの身体

第45回 「スキーをする身体」についての試論

2016.02.24更新

 ヒラオが勤める大学では毎年スキー実習を開講している。秋学期も終わった2月に長野県の菅平高原にて、5泊6日という日程で行われている。今年の受講生は約150人。大勢の学生を率いる泊付き行事はとにもかくにも安全が第一で、今年もまた大過なく終えられたことにヒラオはホッと胸をなで下ろしている。
「菅平」といえば、ラグビーの合宿地としても有名だ。ヒラオも高校や大学のときには毎年のように足を運んだ。日本代表が合宿を張るのもまたこの地で、常宿にしていたホテルやまびこにはずいぶんお世話になった。
 大学に勤めての初年、冬の菅平に初めて訪れたときの不思議な感懐はよく憶えている。馴染みの景色がまるで別世界に見え、汗と泥にまみれた思い出の地なのに初めて訪れたように感じたのである。雪化粧を施しただけでこれほどまでに印象が変わるなんて夢にも思わなかった。
 わずかな懐かしさと大きな驚きをもたらした冬の菅平は今年で8年目になる。


 多くの大学が現地のインストラクターに指導を依頼するなかで、うちの大学では大学教員が指導を行う。あくまでも教育の一環と位置づけ、技術指導に終始するだけでなく学生との関係を深めることにも重きを置いている。つまりは大学4年間を通して学生を教育することが最たる目的で、われわれ教員はスキー技術の教授だけにとどまらず、「スキーを通して学べること」にも目を配る。
 喩えばブーツや板など、いわゆる道具の扱い方がその一つだ。雪面の状況に応じてワックスを塗る、ビンディングを調整するなど、道具の適切な使い方を知らなければ事故や怪我につながる。雪山ではスキー板やブーツを自らの身体の一部としなければ、楽しめないどころか移動もままならない。いわば自分自身と道具は一蓮托生なのだ。
 実習を終えた学生たちが、バット、スパイク、クラブ、ラケットなどの道具をこれまで以上に丁寧に扱うようになる。運動学的にいえば「身体の伸張化能力」の体得を、われわれ教員はひそかに望んでいる。

 また、天気の移り変わりを感じることもそうである。山の天気は刻一刻と変化する。いきなり吹雪くこともあるし、霧が立ち込めれば視界が極端に狭まる。
 4、5年前だったか、講習中に霧が発生して5m先しか見えなくなったことがあった。次第に風も強くなり、体感温度はみるみるうちに下がっていく。見えない、凍える、おまけに横殴りの吹雪が轟音をかき鳴らす。五感が遮られることから芽生える不安がしだいに増幅し、学生の表情からは恐怖が見て取れる。平静を装っていたヒラオの胸にもその不安は燻っていた。今だから言えるが、正直、怖かった。
 このときは付近で講習していた複数の班と合流し、各班の先生が視界の届く距離で等間隔に立ち並んで帰り道を指し示すことで、なんとか下山できた。
 自然はときに猛威を振るうということ、一人では立ちゆかない状況でも周囲の人たちと協力で乗り越えられるということを、このときの学生は学んだと思う。無論、こうした状況に陥らないために天気の移り変わりを予測することが必要なのだが、この日の変化はあまりに急だった。
 想定外の事態が起こり得る、それが自然である。そこでの適切な振る舞いを予行演習することはできない。「予行演習ができる」というのは、とどのつまり想定内を意味するからだ。「想定外」は、すべての想定を超えたところにある。


 ヒラオがスキーを始めたのは実習で講師を務める必要に駆られて、である。自身が大学のときに実習に行ったきり、スキーをしたことはなかった。つまり本格的にやりだしてからまだ8年。ここだけの話、最初は義務感からスタートしたのだが、今となってはこのスポーツのオモシロさに虜になっている。
 ラグビーとの際立った違いは団体か個人かで、すべて自分自身で完結するところが意外にも性に合った。味方選手の動向を気にしながら最適な動線をたどろうとするラグビーとは異なり、雪面状況に折り合いつつも頼るのは内側からの感覚だけという自己完結さが、妙にハマったのだ。

 うまくターンできなくても、外エッジを引っ掛けて転けても、すべて原因は自分にある。雪面状況に合わせた滑りができなかったのはあくまでも自分の失敗だ。他人のせいにはできない。
 身体の内側から湧いてくる感覚を受け取り、それを修正する。そうして生まれた新しい感覚を再度受け取って、さらに修正をかける。終わりなきこうした対話こそがスキーの醍醐味だとヒラオは感じている。これと似たようなオモシロさをゴルフにも感じているのだが、たぶんこれが個人競技特有の味わいなのだろう。いうなれば団体競技が他者との関係性において最適なパフォーマンスを目指すのに対し、個人競技は自己の身体を深く掘り下げることでそれを目指す。

 喩えばラグビーにおけるパスプレーでの最適パフォーマンスは、パスの受け取り手である味方とこちらの行く手を阻む相手という「外部」が、それを成就させるための重要なファクターとなる。見事な回転のかかったスクリューパスを放ることができても、それだけでは不十分だ。味方と息を合わせて相手の意表を突かなければ、有効なパスにはならない。パスという技術を完璧に身につけても、受け取り手と連携しなければ意味がない。
 つまりタイミングを合わせなければ「最適」とはならない。体勢が崩されようが、パスの回転が乱れようが、タイミングさえ合えば「最適」となる。味方の足の速さやキャッチのスキルに合わせ、おまけに相手の出足やタックルの精度を見切ることで、ラグビーでの「最適」は生まれる。

 だが、スキーは違う。大回りにしても内回りにしても、うまくターンできるかどうかにかかわるファクターの大半は、「内部」にある身体感覚だ。前傾姿勢を保ち、板を平行に揃えられるかどうかは、足裏感覚や股関節、重心の移動などの内側の感覚を練り上げることでほとんど達成される。「最適」に到達するためにクリアしなければならない条件のほとんどは、「内部」にある。

 唯一といってもいい「外部」は雪面状況や天候だ。緩んだ雪面、アイスバーンなどが揺るぎない条件として立ちはだかる。互いに歩み寄って中を取るラグビーに対し、スキーは厳然たる自然状況にこちら側から一方的に合わせなければならない。頼りになるのはおのれの身体感覚のみ。スキーが自然を相手にするスポーツだといわれる所以がここにある。
 ラグビーに求められるのは共身体の形成で、スキーは身体感覚の深化だ。と、単純に割り切るのはいささか憚れるのだが、今のところはこうした考えのもとで技術の向上と学生への指導をヒラオは心がけている。

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平尾剛(ひらお・つよし)

1975年大阪生まれ。神戸親和女子大学講師。元ラグビー選手の大学教員だが、現役時から7kg痩せたものだから当時の面影は残っておらず。マラソンは大の苦手。

同志社大学時代は長髪にあご髭を生やしてグラウンドを疾走。卒業後は三菱自動車京都を経て神戸製鋼所に入社。ウェールズで行われたW杯日本代表メンバーに選出され(1999)、社会人大会&日本選手権で優勝(2000−01)、新たに創設された日本ラグビートップリーグでは初代チャンピオンのメンバーとして活躍。(2003−04)。

引退時期がちらつき始めた頃に自らの怪我が引き金となって「身体」への興味が湧き、あれこれ研究を開始する。毎日新聞関西版の夕刊でコラムを連載(「平尾剛の身体観測」2006-2011)。その後は『ラグビークリニック』(ベースボールマガジン社)や『考える人』(新潮社)に寄稿するなど、楕円球をペンに持ち替えて奮闘中。

著書に『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、朝日新書)がある。

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