近くて遠いこの身体

第57回 連載再開のご挨拶

2017.12.05更新

 前回の更新が今年の2月だから一年近く更新が滞っていたことになる。
 しばらくお休みをいただいていた、といえば聞こえはいいが、つまりのところ「書けない」状態が続いたのだった。新聞を始めとする他の媒体には書き続けていたので、正確にいえば「本欄で書けない」という情況に陥っていた。その理由について思い当たることはあるにはあるのだけれども、それを書き始めると久しぶりの更新なのに言い訳じみた内容に終始することになりそうだから、あえて書かないでおく。

 とはいっても、素知らぬ体でいきなり連載を再開するのはどうにも気持ちが片付かないので、ここしばらく書けずにいた理由についてごく簡潔に述べておきたいと思う。

 このミシマガジンでは連載当初から「思考のままに」筆を走らせてきた。現在進行形の思考を指先の誘いに任せて書いてきたわけで、「考える=書く」というスタイルで言葉を紡いできたのだった。これに対して新聞や雑誌等の媒体では「思考をある程度のかたちに整えて」差し出す必要に迫られる。それなりに思考を重ねてある一定の結論に至ったのちに、それを言葉で象っていくような感じだ。あらかじめて頭の中で枠組みを組み立ててから、それを言葉にしていくのである。

 たとえるなら、まだ土がついてる野菜やまな板の上で踊る魚など、自然とのつながりが残る剥き出しの食材を眺めながら「なにをつくろうか」とメニューから考えるのが前者で、手頃な大きさにカッティングしたりラップで包んだりと、それなりに下ごしらえをすませた食材を用いて目的とするメニューを調理するのが後者である。同じ調理をするという行為でも、包丁を握る料理人からすればその労力の違いは歴然としている。レシピがあるのとないのとでは想像力を駆使するという点で決定的に違うし、切り身を刺身にするのと一匹の魚を捌くのとでは包丁の使い方に大きな差がある。

 ずっと両者を行ったり来たりしながら書いていたのだが、他の媒体での連載が多くなるにつれて、いつのまにかここでの書き方がよくわからなくなった。
 その帰結としての休載であった。
 ただこうしてスランプの原因が明確になったこともあってか、またここで書こう、またここで書いていきたいという衝動というか意欲が、心の奥底からじわりと湧いてきた。

 書くという表現行為は自分を再発見するための営みでもあり、自ら書き上げた文章を読み直して「ふーん、俺ってこんなこと考えていたんだ」と気づくことがままにある。心や頭に想い描いた思念は言葉を宛てがわなければいつのまにか雲散霧消する。言葉が伴わない思念は他者と共有することも叶わない。浮かんでは消え、消えては浮かぶその思念に振り回されるうちに、やがて「独りよがり」という陥穽にはまり、事態が深刻になればどうせ他者に受け入れてもらえないだろうという悲観的な思い込みが精神的孤立状態を作り出す。

 だからといって自らの想いや考えを書いて書いて書きまくって、自己開示しすぎるのもまた逆効果だ。没論理的で客観性が希薄な言説は誰にも受容されることなく、社会の波に吸い込まれてしまう。しかるべき応答がないという息苦しさで、いてもたってもいられなくなる。だから文章は、他者でもその意味を理解できるように文法を守りつつ論理立て、情理を尽くして書かれなければならない。たとえ賛同でなく批判であってもなにかしらのリアクションがあれば、書き手は自らの考えの正当性や社会的な立場を見直すことができる。
 書き手は書くことによって自分と向き合い、他者と向き合い、ひいては社会と向き合う。

 これまでに何度も思考を重ね、過去に書いた論文やコラムでそれなりの評価を得た内容を練り直す作業は、さほど労力を必要としない。同じ料理を作るのだから味つけでバリエーションをつければ口当たりは新鮮になる。でも、新しいメニューを作るとなればそう簡単にはいかない。食材そのものを選び直し、調理方法から盛り付けまでを一から思案しなければならないからだ。
 ここには出来上がりに対する期待と不安が入り混じる。作りながらにかすかな期待と大いなる不安が胸中に去来するわけだが、このストレスフルな情況を乗り切るにはそれなりに強靭な「身体力」がいる。精神的にも肉体的にもタフでいなければこのクリエイティブなプロセスをくぐり抜けることは難しい。思念や思考がかたちとなった文章は時間を経てもその形状を変えることなく、ずっと残り続ける。いつ、どこで、誰が目にするかがわからず、その文責は未来永劫ずっと続く。そのことを受け止めるだけの「身体力」が書き手には求められる。
 その準備が、この休載期間を経てようやく整ったのだった。

 また以前のように、思考が拡散するままに、書きながら考え、考えながら書くというスタイルで、また今月から連載を始めていきたい。
 更新を楽しみにしていただいていた読者の皆様、長らくのあいだお待たせしてすみませんでした。冒頭で「休載の理由についてはあえて書かない」と断っておきながら、結局最後までツラツラと書いてしまったことも併せて謝ります。ただこれも思考のままに書き進めるスタイルによるものであって、それを実践した結果として受け止めてもらえればありがたく思います。

 いつのときか内田樹先生から拙文の特徴を「前言撤回」と評していただいたことがあります。考えながら、その流れのまま勢いに乗って書いていると、「うん? 今そう書いたけれど、よくよく考え直せばちょっと違うよな」という違和感が、湧いてくるんですね、ふっとした拍子に。で、その違和感を捨てきれずにそこから違う方向に向けて思考の枝葉を広げてしまい、結果的に前言を撤回することになる。おそらくこれは僕の書き癖なんだろうと思います。
 前言撤回を恐れることなく、あちらこちらに思考を広げながらまた書いていきます。連載再開そのものを撤回することは決してありませんので、どうぞご安心ください。あらためてよろしくご愛読いただければ幸いです。

 ちなみに僕はほとんど料理をしないので、執筆を調理にたとえたのはあくまでも想像上でのことです。でもなぜかしっくりくるんですよね。そもそも調理って人間が生きていく上で不可欠な営みだから、さまざまな現象に深いところでつながっているんでしょうね。たぶんですけど。

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平尾剛(ひらお・つよし)

1975年大阪生まれ。神戸親和女子大学講師。元ラグビー選手の大学教員だが、現役時から7kg痩せたものだから当時の面影は残っておらず。マラソンは大の苦手。

同志社大学時代は長髪にあご髭を生やしてグラウンドを疾走。卒業後は三菱自動車京都を経て神戸製鋼所に入社。ウェールズで行われたW杯日本代表メンバーに選出され(1999)、社会人大会&日本選手権で優勝(2000−01)、新たに創設された日本ラグビートップリーグでは初代チャンピオンのメンバーとして活躍。(2003−04)。

引退時期がちらつき始めた頃に自らの怪我が引き金となって「身体」への興味が湧き、あれこれ研究を開始する。毎日新聞関西版の夕刊でコラムを連載(「平尾剛の身体観測」2006-2011)。その後は『ラグビークリニック』(ベースボールマガジン社)や『考える人』(新潮社)に寄稿するなど、楕円球をペンに持ち替えて奮闘中。

著書に『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、朝日新書)がある。

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