編集後記

2010年11月号 編集後記

2010.11.30更新

今年も11カ月、おつきあいいただきましてありがとうございました!
今年もあと一カ月。ミシマガで平日毎日お会いできるのを楽しみにしています。
これからも、一日一本、どうぞお楽しみに!

(三島)

足立母はテレビの健康番組が好きで、いつもメモをとりつつ熱心に見ています。 最近、母の情報により、我が家の冷蔵庫に常備された「柿酢」。 なんでも、風邪の予防や免疫力の強化、疲労回復などの効能があるとか。 半信半疑で寝る前に飲んだところ、たしかに寝覚めがスッキリ。あなどれません柿酢! 新大久保にある「韓国広場」というスーパーマーケットで買いだめして家族で飲んでいます。 忘年会などのイベントを楽しむためにも、風邪対策を万全にしたいところです。

(足立)

今月よりミシマガメンバーに加わりました、ミシマ社仕掛け屋の林と申します。
長時間の企画会議にいきなり面食らっておりますが、楽しい企画をビシバシ飛ばしてゆく所存でございます。今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします。

(林)

書籍のライターは、役者みたいなものだと感じるように最近なってきました。その人のお話されていることを、本としての文章にしていく、ということがもちろん作業といえば作業なのですが、それにも増して、その人の人格や癖、人間性みたいなものを自分にコピーして文章に焼きつけていく作業でもあります。

コーヒーの飲み方やタバコの吸い方ひとつにも、その人の人間性が宿っているんですね。それを自分にコピーしながら書くことで、ほんの小さな差なのですが、文章にどことなく人間臭さみたいなものが出てくると思います。そしてそういう文章は、読み手も強く引きこみ、人格を伝染させます。

時代小説を読んでいて、そこに存在したことのない自分が、あたかもそこで主人公として、観察者として存在しているかのような感覚。本って面白いですね。僕にとって最大の謎であり、まだまだこれで何かできるって思える存在、きっと永遠に追いつかないんだろうなあ、それが、本です。脳そのものを手のひらでつくっているような感覚にすらなります。面白い、本当に面白いです。

(森)

合気道を始めて数カ月が経ちました。 まだまだ何もわかっていないに等しいですが、奥の深さだけは身に染みてわかるようになってきました。 師範はお見えになるたびに、こうおっしゃいます。 「道場での稽古は普段やっていることの確認だ。毎日稽古しなければ上達はありえない」と。

ついつい、道場に行くことが稽古と思ってしまいがちですが、そうではない。日々どれだけ稽古できるかが重要ということです。 これが、わかっていてもなかなかできません。いまの目標は、毎日稽古の時間をつくること。日々修行に励みます。

(萱原)

最近、死体の防腐処理(エンバーミング)や、無縁仏として一度埋葬された遺体を掘り起こし洗骨する、タイにある儀式など、人の死に関わる映像を見る機会がありました(『ジャンクフィルム[釣崎清隆残酷短編集]』など)。いままであまり接することのなかった映像は、衝撃的でときに目を覆いたくなることもありました。同時に、淡々とそこにある事実を写し取っていく撮影者の視点にも驚かされました。

敬意を払いつつ、対象と自分との距離を保つ。感動や興奮とは対極にある冷静な態度を同時に併せ持つ。撮る者の姿勢によって、写るものや見えてくるものが違ってくる。そんなことを感じつつ、また、それと同時に、タイでの洗骨儀礼の光景は、まるで町内会のイベントのようなにぎやかさ(明るさ)があり、文化の違いとはこんなに壮観なものなのか、としみじみ思ったひとときでもありました。

(松井)

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   テーマ:「つっぱり」

[小田嶋隆のコラム道]第6回 書き出しについてのあれこれ(2009年10月28日掲載)

「・・・ユニークであるということは、多かれ少なかれ、独善的であることを含んでいる。それゆえ、過度に個性的なテキストは、他人に理解されない。
 他人に理解されるようなものは個性とは呼ばない――という見方もないではないが、常識的には、過度に個性的な個性はキチ○イである、と申し上げねばならない。われわれはそういう世界に生きている。
 例をあげよう。
「グァボバリゴマのスベラピリコがマッコリしてるんでゴベベベだったぜ」
 という述懐は、おそらく誰にも解読されない。猛烈に独特ではあるものの、ほとんどまったく他人の理解の届く言葉で書かれていないからだ。
 つまり、他人に読まれるための文章には、一定の普遍性(あるいは「凡庸さ」と呼んでも良い)の範囲にとどまっていなければならない。より実態に即した言 い方をするなら、良い文章は、九五パーセントの普遍性に五パーセントの個性を付加したぐらいのバランスの上に成立している。そういうことだ」


[作家めし!]第2回 村上大樹さん(脚本家・演出家・俳優)(2010年1月8日掲載)

「特に劇団やってる人って、「オレたちは芸能人に比べたら有名じゃない! でも、人前に出たい!」っていう、図々しい屈折があるんで(笑) その「あれ? でもオレ人前で何してんだろ? よく考えたら恥ずかしいな」みたいな照れくささも含めて、舞台だと特に、ただ格好いいことをやるよりも、本人にとっておいしいんだかおいしくないのかわからない、ギリギリのことをやる方がおもしろいと思っているんですね」

「そこで滲み出るものを見たいというか。だから、稽古場は意外に険悪ですよ(笑)。お客さんの前でウケると、もう全部オッケーなんですけど、やってみるまでわかんないじゃないですか」


[声に出して読みづらいロシア人]第9回 ツィオルコフスキー(2010年3月5日掲載)

ソ連時代というのはある意味面白い時代で、共産圏でしか通用しない「世界初」が、いろいろあったそうです。 飛行機を世界で最初に発明したのはライト兄弟ではなくロシア人の誰それ、電話やレコードを発明したのもロシア人の誰それ、といったことが大真面目に教えられていたとか。 ソ連で学生時代をすごした私の大学の恩師は、初めて日本に来たとき、「ライト兄弟って誰? エジソンって誰?」って感じだったそうです。・・・


[石井光太&寺子屋ミシマ社]第3回 参加者が見た「プロ根性」(2010年2月2日掲載)

「さて、作家にとって書く、ということは楽しい行為なのだろうか。

石井さんは、この問いに対し、「楽しさはまったくのゼロです」と言い切られた。 真剣に書くから苦痛を伴い、何十回も修正するし、まあ、それが後で思えば楽しいと言えなくもないかも知れないが、やはり辛い作業なのだそうだ。
それならば、なぜ書くのか。
それは、書くことが自分にとってのアイディンティティーだからだという。

もうひとつ、気になっていた問いを。
それは、僕なんかは旅行をしながら写真を撮って、かなり忙しく動き回ることもあり、それはそれで楽しかったりするのだが、石井さんの場合は、長期海外取材は楽しいものなのだろうか。

答えは「まったく楽しくない」のだそうだ。 取材はひとりで執筆目的でいくので、何も楽しくはない。 もし旅行で海外に行き楽しむなら、ひとりで行かず、女性と楽しく行きたいのだという」

気になる石井さんの最新刊『感染宣告――エイズなんだから、抱かれたい』(講談社)発売中です!


[インタビュー・ミシマガ「人」]第3回 竹熊健太郎さんインタビュー(2009年12月9日、2010年1月12日掲載)

「編集家」という肩書きで、長年出版界で編集者・ライターとして活躍してきた竹熊健太郎さん。いまや伝説的なギャグ漫画として知られる相原コージ氏との共著、『サルでも描けるまんが教室』(略称「サルまん」)を読んだ方も多いだろう。
近年はじめたブログ、「たけくまメモ」は多くの漫画ファンや業界関係者の注目を集め、京都精華大学と多摩美術大学の教壇にも立ちながら、同人誌『コミック・マヴォ』の編集長を務めるなど、活躍の幅を広げている。
その竹熊さんに、出版の未来についてお話を伺った――。



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発行人:三島邦弘

編集人:大越裕

ミシマ社 営業チーム、仕掛け屋チーム

ウェブ編集:松井真平

ライティング

森王子
特集:それでも、島はやめられない

松井真平
石井光太&寺子屋ミシマ社:地を這う3時間[ヒール・石井光太vs善人旅人・近藤雄生]

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