編集後記

2011年1月号 編集後記

2011.01.31更新

こんにちは。森オウジでございますー。
先日、久しぶりにCD屋さんに行きました。もっぱらiTunes storeばかりだったので、とても新鮮で、買いまくりました。やっぱお店の人のおすすめっていいんですよ。誰かが買ったとかレビューがどうのっていうヒエラルキーじゃなくて、聴いてほしいって気持ちがあるだけで、すごく違うんです。これは、食べ物でも、本屋さんでも同じ。人間、気持ちは大切ですよね。『逆行』、読んでもらいたいと思って思って思いまくって、お手伝いさせていただいた一冊です。手にとっていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

ちなみに僕が買ったCDはSerph。dedemouse + 久石譲÷2とか書いてあった。うまいねこのコピー。

(森)

今月、「本屋さんと私」でご紹介した夏葉社・島田潤一郎さんは、不思議な魅力に満ちた方でした。

ひとりで出版社を立ち上げたというから、どれだけエネルギッシュな方なのかと思いきや、話ぶりは拍子抜けするぐらい控え目で、でも、その肩の抜けきった喋り方とは裏腹に、思い立ったらすぐ行動の凄まじいまでの行動力と、文学と出版にかけるどこまでも真っ直ぐな心に、終始圧倒されっぱなしでした。
肩の力は見事なまでに抜けているのに、肚はどっしりと座っている。一見アンバランスにさえ見える静けさと力強さの絶妙な同居。島田さんからは、覚悟を決めた人の美しさのようなものを感じました。

そんな島田さんの魅力を、読む人に感じとってもらいたい。そのことだけを意識して、記事を書きました。島田さんの言葉が、ツイッター上で人々のさえずりとともに広まっていくのを見て、実に嬉しい気持ちになりました。
まだお読みではない方は、ぜひ。本好きは必見、人生迷いがある方も、「こんな生き方もあったんだ」と思わせてくれることまちがいなしです。

ちなみに、島田さんのお名前、「潤一郎」は、文学好きのお父さんが、谷崎潤一郎からつけたということを、後日、人づてに聞きました(ご本人未確認)。確かに、思わせぶりなお名前です。なぜこれに気づかなかったものか・・・。うーん、残念。。。

(萱原)

今月、7年ほど前、インドからタイへ渡る飛行機のなかで少しだけ会話をして別れた方と再会する機会がありました。当時その方は、定年退職をされて、いままで働いてきた分、羽を伸ばすようなかたちで旅行されており、自分は、2年ほどかけた長旅の終盤を迎えている頃でした。帰国当初、何度かメールでやりとりをしていたのですが、今年、年賀状をきっかけに再会する運びに。

近況報告をしつつ、7年前の印象とそれほど変わらなかったのがまた印象的で、芯のある女性はいつまでも若々しいのだなとしみじみ思ったひとときでした。
別れ際、「ひとりでビールを飲み過ぎたな、、」と反省しながら、人の出会いと別れ、再会の不思議さを思った夜でもありました。

2011年卯年、元気に頑張っていきたいと思います。
今年もよろしくお願いいたします。

(松井)


□□【蔵出しミシマガジン】□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
   テーマ:「うさぎとび」

[スポーツ紙バカ一代]第1回 「竹刀ごっつあんです」(2009年7月15日掲載)

スポーツ新聞の記者は過酷です。就業時間や休日は不規則で、次から次へと無理難題が振ってくる。風雨にさらされ、常に時に追われている。努力と業績は比例しない。「竹刀ごっつあんです!」。僕は胸の中でいつもそう叫びながら、仕事をしています。そして、こんなに楽しい職業はないとも断言できる。スポーツ紙記者という商売に魅せられてしまったバツイチ男の独白を、「ミシマガジン」読者各位にも楽しんで頂ければ幸いです。

さて、推察するに「ミシマガジン」読者の皆さんは、おそらく原稿を書いたり読んだりすることが好きなタイプの人々でしょう。生業にしている方も多いと思います。フリーのライターや編集者、週刊誌記者と比べて、スポーツ紙記者の特徴はどんなところにあるのでしょうか。思いつくままに3点、挙げてみます。


[ある日の数学アナ]第9回 数字に現れないもの(2010年3月12日掲載)

フィギュアはジャンプごとに明確に点数が決まっている。
観客は芸術性を鑑賞しがちなのに、得点の稼ぎ方は非常にシステマチックで、私としてはそのギャップがかなりツボだったりする。
ジャンプの成功率と、そのジャンプによって得られる点数を細かく計算し、期待値を出して比較するとしよう。
高い得点を出すためにはリスクをなるべく低くし、確実に点を積むのが至上命題であり、自ずと堅いプログラム構成になる。
でも、彼は、彼女は、それを選ばなかった。

数字と人の気持ちは違う。
まあ当たり前のことなのだけれど、改めて思いを馳せた。
チャレンジや努力の過程は、結果が出ない限り、決して数字としては浮かびあがらない。
結果を求められるスポーツの世界においてなお努力を続けるのは、より上を目指そうとする「人のシンプルかつ崇高な精神」なんだなあ。素晴らしい。


[小田嶋隆のコラム道]第7回 結末、結語、落ち、余韻、着地(2010年4月1日掲載)

 フィギュアスケートや新体操のような採点競技では、結末が非常に大きな位置を占める。
 途中がグダグダでも、細部がいいかげんでも、最後の着地がピタリと決まっていれば、良い点が付く。
 無論、熟練した採点者の目をごまかすことはできない。が、観客の目は、かなりの度合いで惑わすことができる。構成がデタラメで、ミスが目立つ悲惨な内容の演技でも、クルリと回ってピタリと 着地してみせると、素人はコロリとダマされる。
「ああ、この人は本当の実力者だ」
「途中ちょっとマズいところがあったのは、あれはきっと不運なんだわ」
 と。結果、観客の拍手は、採点官を動かす。
 でなくても、書き手は、批評家のために原稿を書いているのではない。コラムの価値を決めるのは読者だ。だまされやすく、流されやすい素人の読み手――そういう人たちに向けてわれわれは文字をタイプしている。
 が、バカにしてはいけない。素人が読むからこそ、手抜きはできない、と考えるべきだ。着地は、だから、きちんと決めないといけない。あざといほどピタリと、思い切り素人向けに、わかりやすく。

 今回は、結末について考える。結語、落ち、シメの一言の見つけ方、あるいは幕の引き方、エンディングにおけるあらまほしき作法。スタティックな文章をダイナミックな大団円に導く手順、もしくは、動きのあるテキストに気品ある死をもたらす意味などなどについて。


[本屋さんと私]第21回 やれるところまでやってみよう(尾原史和さん編)(2009年12月3日掲載)

尾原そうですね。デザインの業界ではあんまり新卒採用とかってないので、意義があるな、と。それと、なんというか、僕の場合、安定したシチュエーションをつくるよりは、状況的にいろいろ差があって、その中でお互いやりあっていく方が環境としてはいいかなと思うところがあります。

―― はい。

尾原メンバー全員ができる人の集まりだと、その中だけの戦いになってしまうし、その差が狭いと、細かいところにばかり気が向いてしまうんですね。そうなると、ダイナミックさがなくなってしまいますし、伸びなくなってしまう。

―― 確かに。全員が優秀だとかえって飽和状態になってしまうと。

尾原「差がある方が伸びる」ことが体感できると、それは上のスタッフにとっても刺激になりますしね。自分も頑張ろうという気持ちになります。
本当は、2年に1回ぐらい人が入れ替わっていけるような状態にしていけたらいいと思うんですよね。デザイン事務所としては、あまり人が固定してしまうのもよくないですから。やっぱり入れ替わって、どんどん変わっていかないと。

―― 新陳代謝をよくするわけですね。

〜〜〜

『R25』『TRANSIT』など、デザイン界にインパクトを与え続けている「発明家」尾原史和。
その唯一無二のデザイン・ものづくりには、いかなる思想が宿っているのか?
「俺が歩みを合わせてきたのは人類史に残る哲学者と芸術家だけ」と言い切る男が、初めて自らの仕事観・人生観を語る。
地図だけ持って上京してきた怒涛の半生を、興奮の文体でつづったリアル青春記。

逆行』出ました! ワンセンテンス、一文一文独立した味があって、それが集まっているからおもしろかったのか、リズムなのか、尾原さんだからなのか、何が理由なのかわからなかったのですが、ずっとワクワクしながら読みました。


[読む女]第5回 いってらっしゃい(2009年11月27日掲載)

ボクは、おむすびが、すきです。
大好きです。
おむすびには、哀愁があります。ノスタルジアがあります。
・・・
おむすびの中で、ボクが一番すきなのは、やきむすびです。冬の夜中など、自分ひとり起きていて仕事をつづけている時など、よく台所へでかけて行って、自分でおむすびを握ってきます。お皿にのせた、三つ(ほんとうは五つかな)のおむすびを、仕事部屋へ運んで来て落ちついた時のうれしさ。
 火鉢に炭をつぎ、カナアミをかけ、ほどよくカナアミがやけた時に、そのおむすびをのせます。ごはんのツブツブがやけて、少しこげて、ちいさいちいさい音をたてはじめます(ああ、遠い遠い日の、エンニチで聞いた、ハジケ豆の音のピアニシモよ)。
 やけたおむすびに、おしたじをつけて、又アミにのせます。いまは亡きおふくろや、おばァさんやおばさんや、ボクにおかしな雉子のトリカタを教えてくれたおじさんなどの顔が浮かびます。
 ボクは、やきむすびをひとつ、ふたつとたべながら、ウタを書きはじめます。ボクにとってはそれが一番たのしい夜中です。

(壇ふみ*選『バナナは皮を食う』(暮らしの手帖社)より サトウ・ハチロー「哀愁と郷愁」)


赤いハンカチにおむすびを包んで夫に手わたす。ありがとう、という夫に、気をつけてと、わたしはその背中にいう。きょうも無事に帰ってきてくれますように、いってらっしゃい。

ちょくせつふれなくても、そばにいなくても、だれかがだれかの無事を祈る、無数の心が空に宿って夜が明けて、いちにちがはじまる。


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発行人:三島邦弘

編集人:大越裕

ミシマ社 営業チーム、仕掛け屋チーム

ウェブ編集:松井真平

ライティング

萱原正嗣
本屋さんと私:夏葉社・島田潤一郎さん

イラスト MARINO (ブリン)
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編集協力

白髪鬼
「声に出して読みづらいロシア人」

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ウェブディレクター 蓑原大祐 石山豊(株式会社アンアンドアン)
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