編集後記

2012年7月号 編集後記

2012.07.31更新

8月5日発売の『THE BOOKS』を制作していて実感したことのひとつは、本の世界はどこまでも広くて深い! ということ。選ばれた365冊を眺めると、未知の世界の多さにため息が出ます。そしてこのミシマガもまた、1カ月分を眺めると、広くて深い! 古代史、写真、子育て、野球、韓国、ロシア、旅・・・。来月はどんな未知の読みものに出会えるのか、楽しみです。

(星野)

7月のある朝、仕掛けやチームのブログ「春夏秋冬」の木村桃子さんのページをどどどーっと読んでいました。わたしは今年の5月に入社したので、実は木村さんとはまだ会ったことがありません。ブログを読んで、うわ~はやく会ってみたいなあと思っていたその日の夕方・・・なんと、ミシマ社に木村さんから電話がかかってきたのです! なにか呼んじゃう人、とはきいてたのですがほんとにすごい・・・木村さんから送ってもらったカノちゃんの写真、今月の「読む女」に出てくるイラストそっくりで、ほんわかしました。

(平田)

今月から始まった元R25編集長藤井大輔さんの新連載「脳内会議」は、もうお読みいただけましたでしょうか。藤井さんに初めてお会いした2010年12月、ジュンク堂書店新宿店で行われた『書いて生きていくプロ文章論』のトークイベントで話されていたとき、その無駄のない会話と聴衆への気遣い、イベント終了後の小話にいたるまで、あらゆる点で考えぬかれたスマートな行動をされていて、わたしはいたく感激してしまいました。そんな藤井さんの思考回路をのぞかせていただいているこちらの新連載。どうぞこれからもお楽しみに◎

(林)

私は最近、将棋にハマっておりまして(それがまた小学生のとき以来という久々ぶり)、新聞の将棋欄をチェックしたり、将棋の本を読んだり、スマホで詰め将棋アプリを解いたりして、身近に対戦相手がいないにも関わらず棋力の向上に努めているのですが(いったいどこに向かおうとしているのだろう・・・)、そんな状況なので、普段なかなか触れることができない棋士の声を書いてくれる北野新太記者の「実録!
ブンヤ日誌
」が本当に興味深いです。羽生さんと中村太地さんが横歩取りで対決するその棋譜はウェブ上などでチェックできますが、その一手一手の奥に秘めた中村さんの想いを垣間見たような気がして、思わず目頭が熱くなってしまいました。

(渡辺)

□□【蔵出しミシマガジン】□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
   テーマ:「日本語」 

[ある日の数学アナ]第30回 ドライフルーツ、ゴロゴロ(2012年1月23日掲載)

2012年が始まってだいぶ経ちますが、改めて今年も新しい気持ちで
連載を続けていけたらと思っていますので
どうぞお付き合いくださいませ。

さてさて。
今年はどんなテーマで書き出そうかなあと思っていたところ、
以前に自分でちゃちゃっとメモした文言を見つけた。
「ドライフルーツ、ゴロゴロ」だ。

これだけ読んでも「一体何のこっちゃ?」と思われるでしょう。
でも書いた当の本人はちゃんと覚えていますよ!
いや、覚えていてよかったというのが正直なところなのですが、
幸運にもちゃんと覚えていたので今回はこの話をしてみようかということに
相成りました。

[<構築>人類学入門]第27回 <社会>をつくりだす力(2011年9月7日掲載)

今年の夏も、エチオピアに来ている。

ここにいると、いろんな感情がわきおこる。
宿の目の前で朝から晩まで大音量で音楽を流しつづけるテープ屋。
毎年、私をみつけると、詰めよってきて叱責するような言葉を投げかける青年(援助してくれていた「外人」と連絡が途絶えたあと、精神的におかしくなったと聞いた)。
ひび割れた足の裏を見せながら、「靴を買うお金をくれないか」という農民の男性。
外人をみると、意味もわからず「マニー、マニー」と連呼する幼児。

そして昨日も、農村部をいっしょに歩き回った少年と町で出会った。
彼は、田舎にいると何も稼ぎ口がないから町に出てきたという。
トラックなどの荷物を運ぶ手伝いをしたり、遣いっぱしりをして小銭を稼いでいた。
彼に「昨日は紅茶とパンの食事が1回だけだった」といわれ、今日は、思わずリュックに村でもらった蜂蜜とか、もともと多すぎてたいして着てもいない服を詰め込んでいった。

[わが家の闘争 韓国人ミリャンの嫁入り]第1回 日本人夫との出会い(2011年3月15日掲載)

私は韓国のソウルで生まれた。そして、大学卒業までは韓国で生活をし、その後、カナダで英語を、日本で日本語をそれぞれ勉強した。日本で日本語を初めて勉強したのは、もう6年も前のことで、その時は一年にすら満たない、たった9カ月間だけの滞在だった。その経験が、私の運命を変えるなんて、今思うとすごく不思議だ。

今思っても、日本に来た理由は、本当に単純なものだった。仕事で疲れ、韓国と一番近い外国である日本に行って、ちょっとだけ休もうと思ったことがきっかけになったのだ。日本行きを決心して、東京に滞在することを決めると、よく考えてみれば、知り合いが誰もいない東京では、特に何もやることがないのではないかということに気づいた。

「だったら日本語を学ぼう」

[読む女]第18回 音楽の先生(2010年12月24日掲載)

 私はすべての楽器に好奇心をもち、片っぱしから弾きたいと思った。七歳のころには、バイオリンを弾いていて、八歳のときベンドレルのある音楽会で独演をした。私は特にオルガンを弾きたくて仕方がなかった。だが父から、ペダルに足がとどくまでオルガンにさわってはならないと言われていた。なんとその日の来るのが待ち遠しかったことか。私は背があまり高いほうでは決してなかった。だから、ほかの子供よりペダルに足がとどくまでに時間がかかった。その日がもうこないのだと思ったこともあった。努力をつづけた。教会堂でただひとり腰掛に坐って足を伸ばした。でも、ああ、そんなことをしても一向に足は伸びなかった。九歳のとき、あの偉大な瞬間が遂に来た。父のところに飛んでいって、言った。
「お父さん、ぼくペダルにとどくよ」
「ようし、まてよ」
 私は両足を伸ばした。足はとどいた、わずかに、でもとどいた。
「よろしい、今日からオルガンを弾きなさい」
 (アルバート・E・カーン編『パブロ・カザルス 喜びと悲しみ』朝日選書439)


[飲み食い世界一の大阪。]第9回 ちくわぶ(2012年3月3日掲載)

 この冬は寒かったので、鍋とおでんをよく食べた。
 鍋は家で、おでんは外で、である(節分ではないが)。
 「外で鍋」ではなくて「家で鍋」(てっちり以外)は、しゃぶしゃぶもカニすきも鶏の水炊きも、このところ凝っているカキのチゲ鍋風も家でする方が安くつく、という大変にセコい考え方だが、おでんに関しては絶対店で食べる方がうまい。

 ちなみにNHKの朝の連ドラ『カーネーション』の小原家の祭のシーンでもとりあげられていた(はずだが)、岸和田のだんじり祭の日にどこの家でも、揚げやら竹輪やらジャガイモやらごぼ天やらスジやらをどっさり炊く(煮る)のは関東煮(かんとだき)であり、おでんではない。

 それではかんとだきとおでんはどう違うんか? という質問には、家で食べるのがかんとだきで、外で食べるのをおでんと称する、というふうに答えるしかない。わたしらが子どもだった昭和40年代くらいには、大阪で「おでん」と言えば、ほとんどの人が味噌をつけた「田楽」を連想したのではないか。

 居酒屋などで「かんとだき」が「おでん」としてメニューに定着し、コンビニで「おでん」が当たり前になった今からすると、それについての大阪での呼び方が変わったのだろう。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

発行人:三島邦弘

編集:ミシマ社

ウェブ編集:松井真平

イラスト MARINO (ブリン)
トップページ、「読む女」「<構築>人類学入門」「声に出して読みづらいロシア人」「本屋さんと私」「スポーツ紙バカ一代」「喫茶店入門」

編集協力

白髪鬼
「声に出して読みづらいロシア人」

足立綾子
ミシマ社の話

ウェブディレクター 蓑原大祐 石山豊(株式会社アンアンドアン)
Web制作 株式会社アンアンドアン

Special Thanks to all readers and all authors of MISHIMAGA

お便りはこちら readers@mishimasha.com

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

ミシマ社編集チーム

バックナンバー