演劇と氷山

第2回 台本ができるタイミング

2016.05.18更新

 演劇の稽古というと「台本があって、それを稽古して」というイメージがあるかと思いますが、僕らの場合はそうではなく、稽古開始には台本がありません。短編や映像作品の場合は僕が先に書いて役者に渡して、ということもしますが、本公演の場合は公演タイトルとイメージ、そして設定のアイデアがなんとなくある程度です。具体的なストーリーや登場人物までは決まっておらず、なので配役も決まってなく、台詞も当然ありません。それを役者たちと一緒に作る、というのがヨーロッパ企画で培ってきた稽古のやり方です。

 稽古場に集まってまずは「エチュード」をします。エチュードとは即興劇のことで、たとえば僕が「高架下で、チンピラたちがアイスクリームを食べていて、ピノとチョコモナカをちょっとずつ交換する」というような状況を役者に伝え、その場で即興で演じてもらう、といったやり方です。先の設定は「月とスイートスポット」という時空を漂うヤクザもののコメディのときに一番最初に試したエチュードですが、初手でやるのはいわば「劇のムードを作る」ような作業ですね。
 バンドにまたも喩えますと「とりあえず一回音出してみようか」みたいなあれです。バンド、特にジャムバンドってほら、最初に楽譜ありきではないのとおんなじで。もちろん楽譜が先にあってそれを演奏するような音楽だってありますし、演劇の場合はそうして作ることが多いですけど。

 ムード作りの段階では、面白いことや奇抜なことを言おうとするよりも、シーン全体でそれっぽい雰囲気が出ているか、とか、群像でいいムードが作れているか、みたいなことのほうが大事です。ムードムード言ってますが、本当にでもムードとしか言いようがなく、男四人でしゃがみ込んで高架下のチンピラっぽい雰囲気が出るときもあれば、組み合わせによっては全然そうならないときもあります。
 役作りや努力でそれに近づける、ということも稽古が進めばやりますが、それよりも最初のハマり具合の方がよっぽど重要です。これはもう理屈ではなく、役者のある組み合わせがハマったときの「これだ!」感って誰が見てもわかるくらい凄いし、そこから醸されるムードでもう劇ができている、みたいなことだってあるんです。「劇ができた」って安心するのはそういうときです。

 そういうエチュードを何週間か続けながら、配役を決めて、ストーリーを見出して、劇の大まかな形を作っていきます。「この二人は兄貴分と弟分だな」とか「この人は背中を刺されて息巻いてる感じが似合うな」とか、そういうことがエチュードの中で見えてきて、そうして変数をひとつひとつ減らしていくように配役を固めていきます。さくっと劇世界での居所が見つかる人もいれば、なかなか妙味のあるポジションが見つからずにじりじりする役者もいたりして。足をケガしてる役者がいたら「足を負傷したチンピラ」という役にして現実の事情を取り込んでみたり。ヤクザものなのにどうも声が甲高くてチンピラに向かない役者には、いっそタイムパトロール役をやってもらって捻じれの位置から劇へのフィッティングを試みたりも。そんなふうにして、全員の役がめでたく決まったときには稽古場に拍手が起きます。

 ここまででまだ台本は一枚もありませんが、ムードはばっちりだし「劇」の芯はもうできています。ときには資料に当たったり、みんなで映画を観たり、フィールドワークをしたりして、ディティールや世界観をじわじわと深めていきます。
 やがて人の出し入れやプロットもほぼ固まり、エチュードでの通し稽古がざっくりとできるようになったころ、ようやく僕はそれらを持ち帰り、「そろそろ台本書いてくれないかな」というプレッシャーを感じながら、稽古場で生まれたやりとりを反芻するように、台本の一行目を書き始めます。
 これは演劇の作り方でいえば異例なほど遅いタイミングですが、でも稽古場で起こったことをできるだけ台本に織り込むには、申し訳ないけどやっぱりこのタイミングだよな、と思っていて、そしてこれは劇団員の理解と協力なくしてはできないことです。何しろ役者はここから台詞をいちから覚え、演出を体に落として初日を目指すんですから。つまり劇を二回作るようなことに近いです。

 そう、僕らは結局ジャムバンドではありえず、本番での確率をなるべく上げたいし、きっちり作家によって書かれた台本を演じるほうがある段階からは作りこみだってしていけるので、最終的には必ず台本を作ります。
 そして役者はそこに書かれた台詞の通りに演じ、基本的にはアドリブもありません。だけど書かれている台詞は、元はといえばエチュードで役者自身が言った言葉だったり、言ってないけど言っててもおかしくないような言葉なので、役者の体への馴染みがすごくいいんです。
 「作家という他人が書いた言葉を、自分の言葉のように扱うのが役者の仕事だ」というのも一方では真実ですし、また作家が書いた言葉を言うのが役者の歓びでもあるんですが、それでも僕は、役者自身から生まれた言葉を役者が言うときの「血の通い方」を信用しています。それは裏を返すと「お笑いコンビで、ネタを書いているのが実はツッコミの人だった、というのを知ったときのほんの少しの違和感」に近いものがあるかもしれません。ボケの人はやっぱり自分で考えたボケを言っててほしいな、という。

 そんなふうにして、劇でありながらその人がまさに今喋ってるみたいで、だけどフィクショナルな世界でもあって、でもやたら生成的で、みたいな質感が僕らの目指すところです。稽古を先にして台本が最後にできあがる、というアクロバシーはこうして生まれました。劇団を始めたころは僕がまず台本を書いてそれからみんなで稽古する、というやり方だったんですけどね。ガラパゴス的な進化を遂げていて何よりだな、と感じています。

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上田誠(うえだ・まこと)

1979年京都生まれ。1998年、大学入学とともに同志社小劇場に入団し、同年、劇団内ユニットとしてヨーロッパ企画を旗揚げ。ヨーロッパ企画の代表であり、すべての本公演の脚本・演出を担当。外部の舞台や、映画・ドラマの脚本、テレビやラジオの企画構成も手がける。

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