演劇と氷山

第3回 「場所」から生まれる。

2016.05.25更新

 劇団で2年に1回やっているフェス「ハイタウン2016」が終わりました。2012年から始まったこのフェスは、京都・木屋町にある「元・立誠小学校」の校舎や講堂を使ってやる、いわば大人の文化祭のようなもので、ゴールデンウィークの数日間、ヨーロッパ企画をはじめ知り合いの劇団や役者さんたち、東京や各地からのゲスト、芸人さん、ミュージシャン、手作り本やアートグッズの作り手、カレー屋さんやピザ屋さん、などがワッと一堂に会して、演劇やイベントやライブやアートマーケットを各部屋で同時多発的に繰り広げあう、「オモシロ学研都市」を標榜しております。

 それの3回目となる「ハイタウン2016が」先日4日間にわたって行われ、連日まあ愉しくて、大勢のお客さんにも恵まれ、数多ある演目を息もつかせぬままこちらの息もつけぬまま無酸素ですべて上演しきって、終わってもう(これを書いている時点で)1週間ほど経つというのに今なお冷めやらぬ熱の中にいる、という「ハイタウンロス」を引きずった状態です。
 いい大人がそれも自分たちの企画でロスなんて恥ずかしいけど、本公演だとそうならないのに「ハイタウン」だとそうなるから不思議で、これは何か新しい種類の熱気なのかな、とか考えています。さて劇団なのになぜ「フェス」をしようと思ったかというと、それはきっと「場所」にまつわることをしたかったからで。

 演劇って「場所から始まる」ものだと僕は思っていて、ヨーロッパ企画が始まったのも、同志社小劇場のクラブボックスにウマの合う仲間が集まりだしたことからだし、同志社小劇場を出たあとも、僕の実家である「上田製菓」(ラスク工場です)の空き部屋が新たなたまり場となって、ゲームをしたり遊びで映画を撮ったり銭湯や心霊スポットへ行ったり、そんな弛緩した日々から劇団の風土がじわじわと醸造されていき、初期作品もそこから何本か生まれました。
 「サマータイムマシン・ブルース」('01年)は、大学の部室を舞台にした話だし、「ロードランナーズ・ハイ」('02年)は、ゴミ屋敷のように散らかった学生寮を掃除する(だけどファミコンをついしてしまう)だけの話だし。

 そして「上田製菓」を根城に劇団活動する、というスタイルは今も変わっておらず、現在では工場の一階でラスクを焼く僕の両親を囲むように、離れ部屋には劇団のオフィスが、二階にはミーティングルームと映像編集室が、工場の空きスペースを充填するように設えられ、劇団のほぼすべての動きが、ここ「ヨーロッパハウス」と呼ばれる、劇団事務所と焼き菓子工場の奇妙なキメラ的集合建築から生まれています。
 会議もするしタタキ(舞台装置などを作る作業)もするし、撮影のスタッフルームにもなるし、時にはちょっとした稽古もします。上田製菓に町内行事(区民運動会や地元のお祭り)があるときには、劇団員も駆り出されて参加するし、その模様はドキュメンタリーバラエティとして収録され、自前の番組「ヨーロッパ企画の暗い旅」(KBS京都)にて放送されます。それを編集するのもヨーロッパハウスです。

 他によく打ちあわせに使うのはご近所の喫茶店「チロル」で、ここは理解あるおばちゃんのご協力で、ロケ地としてヨーロッパ企画のあらゆる作品に出てくるし、拙作「曲がれ!スプーン」の舞台であるエスパーが集まる喫茶店のモデルにもさせてもらいました。ファンの方が来てくれることも多く、おばちゃんが「ヨーロッパ企画ノート」を置いてくれていて、僕たち作家陣はそこから励ましを得ながらチロルでまた執筆をします。

 稽古場で長らくお世話になっているのは、四条烏丸近くの「京都芸術センター」。
 ここも立誠小学校とおなじく廃校を利用したアートスペースで、京都の演劇人たちは、この場所を創始した先人たちの余沢を大いに受けて稽古に励んでいます(本当に、願ってもない環境なんです)。ここをなくして僕たちの腰を据えた創作は成り立ちません。

 などと挙げていくとキリがないですが、そんな風に、演劇や劇団って「場所を必要とする」し「場所を由来とする」もので、デスクトップやオンラインではない「実空間」から農作物のように生え育つのが劇だなあ、と思っているんです。
 なのでもちろん土が違えばできるものも違うし、土地代が高ければ作り方も変わる。そして僕らはたまたまですが京都で生まれた劇団で、ヨーロッパハウスやチロルや京都芸術センターを腐葉土として劇を育む、というやり方に長じてしまったので、願わくばこの農法でこれからもやっていきたい気持ちです。とくに小劇場の世界では、東京からできる劇が圧倒的に多いので、僕らはそうじゃない作物を作るのが多様性があってよさそうですし。

 そして、そんなふうにして取れた農作物を各地へ出荷する、ような気分があるのが「ツアー公演」です。
 僕らの本公演は、最近だと10都市近くを巡るけっこうな規模のツアーになってきてるんですが、劇場ってそういう(当たり前かもですが)「劇を、各地で同じように上演するプラットフォーム」としてすごくよくできているなあ、と感じます。
 もちろん劇場によって個性や表情は違うんですけど、それでも僕らの劇が「どこへ行っても(それなりに)同じように観てもらえる」のは、劇場という仕組みの賜物です。そうして僕らは、本公演を持って各地を巡り、土地から生まれた農作物を、土地から切り離して別の土地で上演します。その時に生まれる、舞台上と客席の「電位差」みたいなものが、劇のインパクトにもなり、旅公演で劇を見てもらう愉しみのひとつです。たとえばインドからやってきた劇団を、地元の劇場で見ると思うとドキドキしませんか。

 旅公演の面白さ、劇場のよさってそういうことかなって思っていますが、その一方で、田舎道などにある「農作物直売所」や「道の駅」みたいなことがやれないかな、と思ったのが乱暴に言えば「ハイタウン」を始めた理由の一つです。その場所で作ったものをその場所で観てもらう、っていうことですね。考えようによってはこれは、劇のいちばん贅沢な楽しみ方かもしれません。インドの劇はインドへ行って観るとより濃い観劇体験になりそうだぞ、という。空気中のターメリックの匂いを嗅ぎながら劇を観るような体験、ですね。

 「ハイタウン」をやる場所は、先ほども書きましたが、今は小学校としては使われなくなった「元・立誠小学校」です。京都・木屋町の街なかに立っていて、文化施設としての用途もあるこの場所は、僕らがフェスをやるのにおあつらえ向きでした。京都に住んでいる劇団や演出家たち、そして遠方から来てくれたゲストたちが、京都に滞在しながら稽古して、ハイタウン本番の数日前には、この元・立誠小学校に大挙して「小屋入り」します。そうして各教室や講堂で、めいめい学園祭の準備でもするかのように演目を仕込みます。ここでしか上演しない、よそでは上演する予定のないものなので、心置きなく「この場所に合わせた」作劇ができます。たとえばサイズ感とか、学校の雰囲気や地形を利用したりとか、地元の役者さんに参加してもらいやすかったり、とかね。

 劇を作ること以外にも、この教室は映画館にしよう、とか、この廊下は写真を展示するギャラリーにして、とか、そんなふうに「場所ありきで」お祭りを盛り付けていきます。いろんな人たちが集まってきて準備するので、それらは相互作用を生み、「廊下づたいに聞こえてくるあの劇、面白そうだなあ」とか「隣の部屋にうちら負けてないか」とか、面白さの競いあいのシナジーを加速させます。
 やってみてわかったことですが、これが何よりひとところに集まってフェスをやることの面白味かもしれません。単独公演だと、理想の劇を追いかけて作るようなストイックなところがありますけど、フェスだと「隣がやってること」が気になるという。そして小学校という絶妙に廊下に反響がかかるシチュエーションも、噂を巡らせ熱を高めあうのに一役買っているなあ、と。

 そうしていよいよ開幕を迎えると、そのシナジーにお客さんの声も加わり、さらにはその日限りのゲストや飛び入りゲストがイベントを賑わせたりと、まさに「場所から始まる」祭りがぐんぐんとエネルギーの渦みたいなことになっていきます。小学校でフェスをやるとこんなことになるんだな、って思ったのが初年度でした。以来、熱に浮かされすぎて終わったあとのロスがひどいので、会期の中盤ぐらいから備えてはいるんですが、それでも終わったあとは(開催期間中忙しいこともありますが)体温が上がって耳がじんじんする感じになります。これは運営側の僕たちだけのことかもしれませんが。

 長くなったうえに手前事でしたが、「ハイタウン」はそうした「場所から生まれるお祭り」で、「場所から生まれたエネルギーを生かし切ること」、「場所にエネルギーを巡らせること」というのは、劇団としての新たな興味ごとです。やるとしたらまた2年後の開催になりますが(毎年やっていると体がもたない)、機会あればぜひ足をお運びください。さて次はどんな場所からどんなことをしようか、と考えるのが土地に根差して劇団をやっている歓びです。

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上田誠(うえだ・まこと)

1979年京都生まれ。1998年、大学入学とともに同志社小劇場に入団し、同年、劇団内ユニットとしてヨーロッパ企画を旗揚げ。ヨーロッパ企画の代表であり、すべての本公演の脚本・演出を担当。外部の舞台や、映画・ドラマの脚本、テレビやラジオの企画構成も手がける。

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