演劇と氷山

第8回 安藤さんのバックドロップ

2017.06.26更新

 安藤さんというのは俳優の安藤政信さんです。あのです。あの安藤政信さんに、去る3月、「ストリートワイズ・イン・ワンダーランド -事件の方が放っておかない探偵-」という、僕が脚本した、タイトルもサブタイトルも長いドラマに主演していただいたんです。そこで安藤さんから喰らったバックドロップの話をば。

 それはフジテレビで放送された、単発の深夜ドラマでした。今はこちらのオンデマンドでもご覧になれますので、未見の方におかれましては是非。この番組に、僕らヨーロッパ企画が僥倖にも劇団ぐるみで関わらせてもらいまして。テレビドラマって普通、「ピン」でお声がかかることが多いんです。僕なら脚本家として、うちのメンバーなら役者として。個々で呼ばれて、きっちり仕事をして帰ってくる、というダンディズムです。役者もスタッフも、脚本家も監督も、みんなそうして各所から傭兵のように集められます。

 言ってみれば、テレビドラマってプロ野球における「オールスター戦」に近いかもしれません。スター選手たちの、一夜限りの夢の球宴。あの投手とあの打者の対決が見られるなんて、とか。それに比べると、劇団で劇をやるのってまさに「球団」って感じで、ピッチングマシンは壊れているし、マイクロバスはガタピシしています。が、そこには練れた連携プレーや、互いの調子を知るがゆえの慮りあい、何より長年かかって煮出されたようなチームのカラーがあります。僕らでいうと19年間、ほぼ同じ顔ぶれでプレーしているわけで、否応もなく。

 そして願わくば、こんなふうな球団野球の味わいをテレビドラマにうまいこと持ち込めたら、オールスター戦とはまた違った面白味が醸せるんじゃなかろうか、なんてふつふつと目論んでいましたら、そこへ願ってもなく舞い込んだのが、今回の「単発ドラマを劇団ぐるみで考えてみませんか」というお話でした。舞い込んだというか、色んな必然や尽力があってそうなったんですが。ともあれ、オリジナルドラマに立ち上げから関われる、得がたい機会をもらえたんでした。


 やってみたいと思ったのは「探偵もの」です。推理する方の探偵じゃなく、行動したりトラブルに巻き込まれる、ハードボイルドな方の探偵。これを群像劇でやるのはどうか、と。探偵ものといえば一人で渋く行動するイメージですが、そんな探偵にぞろぞろと付きまとうヒマな取り巻きたちがいて、探偵は「やれやれだぜ」と独りごちながら、モブを引き連れて行動する。そんな「ぞろぞろした探偵もの」って、あんまり見たことないしよさそうだなあ、と。群像劇は僕らがやりたいことでもあるし、あと最近はバラエティ番組で「ひな壇」がやけに目立ちますが、あの演出ってテレビモニターのサイズと解像度が上がったことに関係している、と聞いたことがあって、ならばドラマでも群像をやらない手はないぞ、という野心もあり。

 取り巻きは我々がやるとして、じゃあそんな労苦を背負うのにふさわしい、タフでムードある探偵は、と考えてみたら、安藤政信さんしかいない、と満場一致でなりました。誰も一面識もないのにです。俳優さんの中でも特に謎めいていて、普段の顔も現場の顔も、まるで想像のつかない安藤さん。まだオファーもしていないのに、ホワイトボードに「探偵→安藤政信さん」と書いてみただけで、その文字面のインパクトと説得力は我々を圧倒しました。しかしオファーするには何しろノーコネクションの、清々しいほど徒手空拳。これだけ打ち合わせで沸いたぶん、ダメだったらいきなり後がないぞ、と決死のような心もちです。

 おずおずと打診してみて、ご快諾いただいたときは慌てました。オファーしておいてなんだという感じでしょうが、ファンレターを書いたら返事が来た気分とでも言いましょうか。もちろん嬉しく、一同ぐんと体温が上がり、そこからはざくざくと色んなことが決まっていきました。周りのキャストもなにかとご縁に導かれたような方ばかりで、探偵の安藤さんにぞろぞろ付きまとうのに、とてもいい感じで邪魔臭そうな顔ぶれに。スタッフさんも、照明さんを筆頭に、ごりっとした手練れのチームが集結しました。ハードボイルドといえば陰影だそうで、光の当て方と陰の作り方が肝なんですって。それらを束ねるのは、ドラマとバラエティを股にかけるディレクター・吉村さん。これまでにも何度か番組をご一緒していて、ドラマと笑いを、尖りと丸まりを、いい塩梅で両立してくださる稀有な方です。

 そうやって、球団野球とオールスター戦のあいのこみたいな、何とも言えぬいい匂いのチームが出来あがりました。脚本も、ハードボイルドものでありながらSFでありコメディ、というキメラ的な仕上がりに。あとは現場のハネ具合やいかに、という期待半分こわばり半分で、まずは読み合わせに一同臨みました。会議室で机を囲んで台本を出演者で読む、というあれです。これが演劇なら、この読み合わせを皮切りに、稽古を1ヶ月ほどしてから本番、という風になるんですが、ドラマだとこの稽古期間というものは普通なく、撮影当日、いきなり初対面の役者同士でリハーサルして本番、ということだってよくあります。それで演技を作りきるのがオールスター戦のすごさですが、やはり事前のリハーサルは少しでもやれる方がいいし、今回みたいに読み合わせが前もって1回できるだけでも、共演者の呼吸が分かってありがたいんです。


 そう、共演者同士の呼吸っていうか、流派というかマナーと言いますか、そこのすり合わせって案外気を遣うものだそうで。例えば、相手の役者さんはセリフをきっちり覚えて台本通りやりたい人なのか、それとも現場のフィーリングで少しラフにやるのを好む人なのか。この演技のときに相手の胸倉を掴むのは失礼ではないか、いやむしろそのぐらい来てほしがっているのか。仲良く絡むシーンで肩を組みにいきたいけど、それで相手の演技プランを崩しはしないか。本番が始まる前に話しかけていいものか。関係性をほぐしたいけど、役に入っていて怒り出しはしないか。
 などなど、案外些末なところがわからないし、劇団員同士ならもちろん阿吽なところが、初共演だと微妙にギクシャクしてしまうもので、そしてその感じってやっぱり画面に出てしまうんですよね。なので我々、安藤さんに付きまとうモブチームとしては、安藤さんがどんなふうに演技をされる方なのか、待ち時間をどうして過ごされる方なのか。そのあたりの感触を、なんとか撮影前に知りたいのでした。

 読み合わせに来られた安藤さんは、びっくりするほど自然体で、ずらっとコの字に並んで待っていた僕らに多少、はにかんでおられたようでした。読み合わせはそれほど好きではない、と事前に聞いていて緊張していたんですが、それはロケ地の空気に触れて、そこで共演者と同じ時間を過ごしてみないと何も分からない、というまっとうな現場感覚によるものでした。いや本当のところそうなんです。会議室で読み合わせなんかしたって「何もわからない」んですよね。じゃあなんでするかっていうと、「ああ、読み合わせって緊張するばかりで、なにも分かりませんね。なんでこんなことやるんですかね」って休憩時間に言いあうため、ぐらいに僕は思っています。いや本当にそのくらい、役者同士の何気ないコミュニケーションって大事なものだと思うし、そして現場に入ると、そういう時間って、特に撮影の初めごろには絶望的になかったりするんですよね。メイクや衣装で何かと忙しかったり、控室もバラバラだったり、気が付くと撮影が慌ただしく始まっていたりで。

 安藤さんもその辺の空気感を大事に考えてくださっていたのか、現場でもずいぶん「気さく」でいてくれてました。主演の方が気さくであるかそうでないかは、もちろん気さくでないことによる緊張感のよさもありますけど、何にせよ現場の雰囲気がまるで違います。そして安藤さんは気さくで、それでいて本番前にはギリギリまで音楽を聴いていたり、演技に入るとそれはもう惚れ惚れするほどのハードボイルドぶりだったり、雑談の中で飛び出す若かりし頃のエピソードがとてもスパイシーだったりして、その気安さと急に出るオーラの揺さぶりに、僕らは撮影初日にしてメロメロになったものでした。ああ、この探偵さんにならとことん付きまといたいなと。


 安藤さんは演じるとき、「一回性」をとても重んじてらっしゃるようでした。それは安藤さんがずっと映像の世界で仕事をしていること、そして自ら写真を撮られていることとも無関係ではないでしょうが、そのアプローチは演劇のそれとは真逆と言っていいほどでした。
 演劇ってやっぱり「再現性」を重んじるところがあるんです。何十ステージ、同じ演技をしなくてはいけないですから。もちろん演劇でも一回一回、その生を初めてのように生きなくてはいけないんですが、それにしたって映像はもっともっとドキュメンタリックです。たった一度、最高のテイクを切り取れればいい、というのが映像なんだとしたら、そこには再現力の値打ちなんてもしかしたらほとんどなくって(何度テイクを撮っても同じ芝居をする、というのは、ある種のスタッフさんには喜ばれるかもしれないですけど)、それよりも一度きり、本番テイクのカメラの前で魂を燃やすことが、映像における演技の骨法なのかもしれません。
 安藤さんはまさにそうでした。同じ演技をしない。語尾や言い回しもそのときの雰囲気で変える。起こったハプニングや、相手役の不意の動作にも、居付かず対応して演技にするりと混ぜ込む。そうして、周りの取り巻きたちによるうざったい連係プレーにドキュメンタリックに翻弄されながら、安藤さん演じる探偵の情けない活躍ぶりが、映像に瑞々しく切り取られていきました。

 いや、存外いいバランスだったと思うんです。僕らは球団野球のようにドラマに出ていて、そこにはある練れた連携や統制がありますが、それだけではやっぱり面白くなくって。やっぱり安藤さんのような「圧倒的な規格外」の方が、共演者やスタッフを、時には脚本や監督の思惑をも超えて、まるで外国人選手のようにゲームをぐいんと引っ張ってくださることで、画面には目が離せない魅力と面白味が満ちるんですよね。そういうことがごくナチュラルにできる、っていうのが、主役の方の主役たるゆえんで。

 クライマックスシーンで、安藤さん演じる探偵が、秘密の研究所の廊下を、UFOを抱えて走る、というシーンがありました。SF探偵ものなので、そういうシーンがあるんです。UFOの小道具はとてもよくできていて、壊れてしまってはことなので、スタッフさんや役者たちは皆、とても慎重にそれを扱っていました。現場間を持ち運ぶときは梱包材に包んだりして。そして本番テイク、安藤さんがUFOを抱え上げて走るシーン。安藤さんはUFOを掴み、やおら、肩にぐいん! と担ぎ上げました。しかしUFOは重く、肩に抱えきれず、勢い余って派手にバックドロップ。UFOともども床にガシャーン! と叩きつけられたあと、安藤さんは今一度UFOを抱えて、よろめきながら走り出しました。カット、OK、そしてスタッフからは割れんばかりの大爆笑。僕も腹を抱えて笑い、ドキュメンタリー性と滑稽さ、生の輝きまでもがそこにある、宝物のようなシーンが撮れました。

 あとで安藤さんに「あれは持ち上げられると思ったんですか?」と聞いてみたら、「いやー、持てるか持てないかギリギリだなって思ったから、どうなっても面白いかなと思って、やってみたんだよね」ってはにかんだように仰ってました。精緻な小道具を床に叩きつけたらどうなるかなんてカメラのこっち側に捨て置いた、ドキュメンタリーそのものに身ごと投げ出したような安藤さんのバックドロップに、一同爽快に脳天を打ちぬかれた思い出でした。面白かったなああのバックドロップ。

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上田誠(うえだ・まこと)

1979年京都生まれ。1998年、大学入学とともに同志社小劇場に入団し、同年、劇団内ユニットとしてヨーロッパ企画を旗揚げ。ヨーロッパ企画の代表であり、すべての本公演の脚本・演出を担当。外部の舞台や、映画・ドラマの脚本、テレビやラジオの企画構成も手がける。

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