5年後、

第8回 「乳がん」の三文字

2015.10.26更新

拙著「毛のない生活」は、乳がん闘病記である。

私は右胸をわずらったが、右胸がなれば左胸もなるおそれがある、それが「乳がん」というものらしい。なので私は左胸が気になってしかたがない。あのプロセスをもう一回やれと言われたら、私はほんとうに参ってしまう。できれば乳がんと関係なく生きていきたい。そう思っているのに、私が乳がんを忘れる日は一日もない。なぜなら世の中に「乳がん」の文字があふれている。

つづりはたいてい「乳がん」というふうに、"ガン"はひらかなで"がん"と、優しそうに書かれており、書体もどことなくやわらかい。たいていピンク色であるそれは、駅の看板、新聞・雑誌の記事や広告などに氾濫し、「乳がん」の文字を見ない日はなく、その三文字はほかのどのワードよりもすばやく特別な勢いをもって私の目に飛び込んでくる。その瞬間、私の精神まるごと「乳がん」に持っていかれて、誰かと話していても、何かをやっていても、それに気を取られてしまう。

運転をしている時などはあぶない。三文字が目に貼りつき、アタマの中が「乳がん」に支配され、数年前の危うかった記憶が引き出される。そしてすぐさま胸や腋の下あたりを触りたくなる。おそろしい"しこり"が出現していないか、たしかめるのである。そこで「おや?」と思うこともある。体調によって胸から腋の下にかけてのかたちや張りぐあいは毎日変化するのであって、いちいち怖れることもないのだが、私はいまもって慣れない。「乳がん」の三文字をやり過ごすことができない。

これは不服であるのだが、自分の力ではどうすることもできない。いっそのこと街じゅうの看板を撤去してはくれまいか。媒体に広告も出さずにいてほしい。しかしああしてつねに「お知らせ」してくれているから、私のような者にだって再発注意できるということもあるだろう。あの三文字が抑止力になっている。だからありがたいものだとも言える。

「乳がん」の三文字を見てはお酒をひかえ、甘いものをひかえ、初心に還る。そのようにして、いまのところなんとか身体はもっている。左胸の「乳がん」が怖くてしかたがないが、怖がってばかりいてもしかたがない。寿命はいつか尽きる。その日までやれるだけやるつもりだ。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

山口ミルコやまぐち・みるこ

東京都生まれ。専修大学文学部英米文学科卒業後、外資系企業を経て、角川書店雑誌編集部へ。94年2月1日から2009年3月末まで幻冬舎。プロデューサー、編集者として、文芸から芸能まで幅広いジャンルの書籍を担当し数々のベストセラーを世に送る。幻冬舎退社後はフリーランス文筆業、クラリネット奏者として活動。2012年2月に『毛のない生活』(ミシマ社)を上梓。その他の著書に『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

バックナンバー