5年後、

第9回 検査

2015.11.04更新

いくつもの「検査」の先に、「治療」がある。

「治療」は苦痛をともなうが、いまから思えば「検査」はそうしたものであった。

当然ながら、細い血管に針を刺される。腕の血管に、胸の血管に、いろいろ刺される。大きな機械で小さな乳房を挟まれ、圧し潰される。放射線も、じゃんじゃん浴びる。それらを何度も繰り返す。私は病院をなかなか決められなかったので、「治療」の前のたび重なる「検査」だけで、すっかりクタクタになっていた。しかし「検査」をしなければ先はないのだから、「検査」は受けなくてはならない。


難儀なのは、「これからどうなるかわからない私」と向き合うことだ。

「これからどうなるかわからない私」と付き合う(点ルビ) ことと言っていい。

治療の方針が決まってからは、とにかく「やることを、やる」。「やることを、やる」は、やるしかない。それより「方針が決まるまで、」が苦しかった。何事もそんなものかもしれない。

世の中では「検査」が奨励されているけれど、忙しい人はなかなか行けないだろう。私も会社があった頃は、具合が悪くても見ぬふりをしていた。結果、患部が痛みを発するに至り、放っておいたがために酷い目にあったが、来るべきときが来るまで、どうにもできなかった気がしている。

それでも、来るべきときは、来る。

その日まで走り続けたことを、後悔はしていない。

予防できるものはすればよい。

私にだってもっと賢いやり方が、手の打ちようが、あったのかもしれない。

しかし、あのとき私は回避できたか?ーーできなかったと思う。

「検査」は抑止力になるか? ーー私はならないと思う。

いま私は再発がこわい。再発をおそれて、毎日を暮らしている。

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山口ミルコやまぐち・みるこ

東京都生まれ。専修大学文学部英米文学科卒業後、外資系企業を経て、角川書店雑誌編集部へ。94年2月1日から2009年3月末まで幻冬舎。プロデューサー、編集者として、文芸から芸能まで幅広いジャンルの書籍を担当し数々のベストセラーを世に送る。幻冬舎退社後はフリーランス文筆業、クラリネット奏者として活動。2012年2月に『毛のない生活』(ミシマ社)を上梓。その他の著書に『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

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