5年後、

第12回 どういうときに大病するか

2015.11.24更新

どういうときに大病をするかといえば、ひどくショックを受けたときであろうと私は思う。大きな悲しみや落胆といった類いのショックである。

私の場合、頭痛が出た。ガンの症状として現れていたものがあるとするなら、いまにしてみればあれだった。まさにガンガンと、頭が割れそうな、その我慢できないほどの痛みは、悲しみをともなっていた。
ガン告知を受ける半年前くらいだったと記憶しているが、ひどい頭痛のため救急車を呼んだことがある。
当時私は港区の区民ビッグバンドで活動しており、その練習中だった。そこでは管楽器を吹奏するので、息を吸い込みすぎて酸欠になってしまったのかと思った。しかし、よくよく思い返してみると、バンドの練習に出かける前に、会社でひどく悲しい気持ちになったのだった。

その悲しみを、うまく説明できない。
あえて言葉にするなら、目の前に起こった出来事を、私の魂(たましい)が拒絶した。

その晩は気心知れた仲間たちに支えられ、病院へ付き添ってもらい手当を受けて回復したが、そんなことを私はしばしば繰り返していた。
点滴で頭痛がおさまったとき、私は考えた。もしかして私はあのときみんなにやさしくしてもらいたくて、頭痛を起こしたのではないかと。具合が悪くなって、倒れて、初めて人に甘えられる。倒れるまで張り詰めた状態でいっぱいいっぱいになっている自分を、解放することができない。いそいで誰かに抱きかかえられ、手を握ってもらわなければならないというのに、そうしてくれる誰かがやむなく駆けつける事態まで、放置した。
悲しみから、一目散で逃げればよかった。

しかし人というのは大きく悲しむと、たいてい悲しみの真ん中にしばらくのあいだぼうぜんと立ち尽くしてしまう。
身動きがとれなくなり思考も停止するのである。
そして深い悲しみと一体化する。
私は逃げ足が遅かった。
もともとのろまだった。
こてんぱんに打ちのめされるまで、逃げることが出来なかった。
いや死の手前まで、「逃げる」というすばらしい策 を、思いつくことがなかったのだった。

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山口ミルコやまぐち・みるこ

東京都生まれ。専修大学文学部英米文学科卒業後、外資系企業を経て、角川書店雑誌編集部へ。94年2月1日から2009年3月末まで幻冬舎。プロデューサー、編集者として、文芸から芸能まで幅広いジャンルの書籍を担当し数々のベストセラーを世に送る。幻冬舎退社後はフリーランス文筆業、クラリネット奏者として活動。2012年2月に『毛のない生活』(ミシマ社)を上梓。その他の著書に『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

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