5年後、

第17回 7年後、の人

2015.12.29更新

私は抗ガン剤を打つたびに入院していた。
通院で済ませる患者さんもいたが、私は嘔吐がひどかったので、毎回入院した。
3週間に一度、体調をみながら打っていった。詳細は前著『毛のない生活』に書いたので割愛するが、私が抗ガン剤をおそれておどおどしながら入院した時、ある人と出会った。

私と同じ歳の頃に見えたその女性は、背の高い、きれいな人で、英字新聞を片手に颯爽とやってきて、私の隣の個室へ入っていった。まったく病人に見えなかった。乳がんの患者さんで個室の人も少なかった。
私が部屋を覗いた時には上等そうなバッグを肩から下ろし、ふうと一息ついたところだったろう。
「こんにちは、となりの部屋の者です。よろしくお願いします。(あなたも) これから抗ガン剤ですか?」
彼女は乳がんが7年経って再発したのだと言った。5年以上経ったものは「再発」と呼ばないとの説もあるがその話は置いておいて、「再発」でも「初発」でも、とにかく7年前に乳がんの治療をし、7年経ってまた乳がんができたので、再び病院に来たということだった。

それを聞いたとき、軽くショックを受けたのをおぼえている。
「いったん治って、またなる」ということがあるんだ――
そして「7」という数字が脳裏に刻まれた。
7年後、私はどうしているだろうか。
まだ「初発」を治してもいないのに、私は「再発」を心配した。

落ち着いた口調でサラサラと自分について話す彼女には、好感をもった。
「抗ガン剤、こわくないですか?」
「うん、前にやってるしね。それにやらなきゃいけないし」
そう、そうなんだよなぁ・・・そのとおり。
スッキリとした彼女の返答に感心する。
私は抗ガン剤への不安を共有するアテがはずれてしまったようだった。
なんだか彼女と話していると、なんてことないよ、というふうに思えてくる。
「あの、なんで再発しちゃったのですかね?」とたずねてみると、
「私ね、お酒が好きなの。とくにワイン! 美味しいものが大好きなんだよね〜」
「いいですよね、ワイン! 美味しいもの!」
そこからしばし美味しいもの談義で盛り上がった私たちはここが病院であって、これから魔の抗ガン剤が始まろうというのにカラカラと笑い、ちょっとお酒が入ったみたいになった。
「ねえ、病院出たら一緒にイタリアンを食べに行きたいね」
そう彼女が言うので私も「いいねいいね」と言い、私たちは連絡先を交換した。彼女の字は力づよく、メモの罫線から大きくはみ出た。
英語が好きで好きでたまらなくて、たくさん勉強して通訳・翻訳者になったのだという話も聞いた。活躍中であることは、彼女の姿を見ればすぐにわかる。
傷を舐めあいがちな病院内において稀有な出会いだった。

その後、彼女とは一度も病院で会わなかったし、どちらからも連絡を取らなかった。
私は壮絶な抗ガン剤治療のサイクルに巻き込まれていき、それどころではなくなった。
彼女は彼女で、おそらくやるべきこと(治療)をちゃんとやり、病院を去っていったにちがいない。
けれど私はいつかどこかで、また彼女と会えそうな気がしなくもない。
そのときには今度こそ、ワインで乾杯できるだろうか。
7年後、――と思いだして、急にこわくなった。

~お知らせ~

年明けに、山口ミルコさんがラジオに出演されます。
1/10(日)、1/17(日)文化放送「キャンサーカフェ」(朝8:00~8:30)
「乳がん体験」で得た教訓、それ以前に遡って編集者時代の話、術後の自分再生、近況などを語られます。
番組のパーソナリティは、門田守人(もんでん・もりと)先生(2011年から「公益財団法人 がん研究会」理事で、現在は「がん研有明病院」名誉院長厚生労働省「がん対策推進協議会」の会長)と石川真紀アナです。


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山口ミルコやまぐち・みるこ

東京都生まれ。専修大学文学部英米文学科卒業後、外資系企業を経て、角川書店雑誌編集部へ。94年2月1日から2009年3月末まで幻冬舎。プロデューサー、編集者として、文芸から芸能まで幅広いジャンルの書籍を担当し数々のベストセラーを世に送る。幻冬舎退社後はフリーランス文筆業、クラリネット奏者として活動。2012年2月に『毛のない生活』(ミシマ社)を上梓。その他の著書に『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

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