5年後、

第18回 恩恵

2016.01.05更新

いまでこそ薬に頼って暮らしていないが、かつて薬に助けられ、命拾いしたのだという事実。その事実の前に、私はひれ伏している。

ありがたいという感謝の気持ちを忘れてはいない。
その一方で、薬の恩恵を受けたことに恐怖を感じる。私を助けてくれたあの薬の開発のために、どれだけ多くの生き物たちが、命を失くしてきたのだろう。どんな小さな動物も、虫も鳥も植物も、生き物は生き物。日々食べて息するだけで他の命を奪っているというのに、薬を必要としなければならない病気をしてしまうという恐怖。そしてもしかしたら非道な実験がかつておこなわれ、その恩恵を受けたのかもしれないという恐怖。恐怖が恐怖を呼んで、考えはじめると止まらない。ガン細胞を攻撃する薬剤を全身に撒き散らす抗ガン剤治療。ガン細胞の分裂増殖を抑制する「抗ガン剤」は、1940年代に化学兵器の副産物から生まれた。国と国が戦って、命を奪い合う戦時中。相手を殺せ。敵はどうせ死ぬのだから、どうせ死ぬ肉体をどう扱おうと、かまうまい――、もしもそのような、あってはならないやり方で、開発された薬だとしたら――?

毒をもって毒を制する抗ガン剤。使っているとその薬剤に対抗する菌(耐性菌)が生まれ、次から次へとガン細胞は抵抗力を獲得してゆく。毒につぐ毒の応酬によって生まれた悪魔の薬。その応援を受けて正常細胞が勝つかガン細胞が勝つか、軍配はどちらに――? おそらく絶妙なタイミングでその薬を打たれたがために、ガンの拡散と増殖は食い止められた。そうして生き延びた私に、このあと何ができるのか。
生きたくても生きられなかった人たち。
待つ人がいたのに家に帰れなかった人たち。
相手を助けたかったのに助けることが許されなかった人たち。
最低限、その人たちのことを知る。そして忘れない。できれば伝え続ける。最期まで勇敢だった人たちのことを。

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山口ミルコやまぐち・みるこ

東京都生まれ。専修大学文学部英米文学科卒業後、外資系企業を経て、角川書店雑誌編集部へ。94年2月1日から2009年3月末まで幻冬舎。プロデューサー、編集者として、文芸から芸能まで幅広いジャンルの書籍を担当し数々のベストセラーを世に送る。幻冬舎退社後はフリーランス文筆業、クラリネット奏者として活動。2012年2月に『毛のない生活』(ミシマ社)を上梓。その他の著書に『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

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