5年後、

第21回 原点回帰 

2016.01.26更新

通勤も通院もなくなって、東京にいる理由のなくなった私は実家に帰った。子ども時代を過ごした、元の家に戻った。
25年前は住みたくて仕方なかった東京に、20年住んで、いまはもう全く未練がない。「東京のマンションをあげる」と誰かに言われても、きっともらわない。もらっても、きっと住まない。なぜならもう一人では住みたくない。家族といたい。

私のガンがショックだったのだろう、母は難病を発症してしまった。全身が痛む原因不明の病いで、強いステロイド薬のおかげでなんとか暮らしている。父は劇症1型糖尿病で、毎食前に命綱であるインシュリンを自分で注射している。そんな病人夫婦のもとに、負傷兵が帰還した。

地元の野菜と母の作る食事は、私の心身の傷を癒してくれた。私は子どものようにスクスクと、元気になった。
そして子どもの頃の友達と再会した。30年ぶりだった。
「いま何やってるの?」と問われて、「楽器吹いたり、文章を書いたり」と答えると、「じゃあ子どもの時と、まったくおんなじだ」とみんなに笑われた。

そうか、そうだよなあ。子どもの時と、まったくおんなじだ。
そう思ったら、なんだか急に気がラクになった。
羽が生えたように、身も心もかるくなった。
子どもに戻ったかのように、虫や鳥と話せるようになった。
物の声も、時々だが聞けるようになった。
そのことを父に話すと、「アタマがおかしいと思われるから、家の外では言わないように」と、子どものように注意された。

こうして実家に帰ったことが、まさに私の原点回帰となった。
自分がどういう子どもだったか、何を得意で、何が苦手であったのか。身の皮が剥がれていくようだった。

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山口ミルコやまぐち・みるこ

東京都生まれ。専修大学文学部英米文学科卒業後、外資系企業を経て、角川書店雑誌編集部へ。94年2月1日から2009年3月末まで幻冬舎。プロデューサー、編集者として、文芸から芸能まで幅広いジャンルの書籍を担当し数々のベストセラーを世に送る。幻冬舎退社後はフリーランス文筆業、クラリネット奏者として活動。2012年2月に『毛のない生活』(ミシマ社)を上梓。その他の著書に『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

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