凱風館日乗

2011年秋の開館以来、内田樹先生の主宰する道場「凱風館」には、数々の著名人や武道家が訪れ、伝説のような出来事が日々起こっています。合気道(多田塾甲南合気会)には門人が150名を超え、入門待ちの状態・・・。そこで、通いたくても通えない方々に「誌上入門」していただこうと、本連載を内田先生に依頼しました。道場に通えない方も、道場には興味がないという方も、内田師範の「教え」を体感してみてください。とにかく、気持ちいいですから!(編集部)

第4回 凱風館日乗(4/17)

2013.05.02更新

4月17日(水曜)


 イスラーム学徒、放浪のグローバル無職ホームレス野良博士、「カワユイ(^◇^)金貨の伝道師」、「皆んなのカワユイ(^◇^)カリフ道」家元であるところの中田考先生(@hassankonakata)を凱風館にお迎えしてのトークセッション。

 中田先生とは不思議なご縁で知り合いました。
 以前、稽古に来ていたモリヤマくんという同志社の大学院生が「うちのナカタ先生という方が、居合に興味があって、一度稽古を見に来たいとおっしゃってるんですけど、お連れしていいですか?」と訊いてきました。
 いいよ、つれておいでよと気楽にお答えしたら、次の居合研究会のときに長身で長い髭を生やした中田先生が登場しました。
 そのときに汗だくになって納刀のお稽古をしていた姿がとても印象深くて、またおいでになるかしらと思っていたら、その後、モリヤマくんが遠方に引っ越して、中田先生は同志社を辞めてしまわれたので、連絡が途絶えてしまいました。

 中田先生との「再会」はツイッター上ででした。
 僕が政治的なことについて書くと、「だからこそカリフ制!」というコメントを中田先生がつけてくださるということが繰り返されました。
 はて、中田先生が地上のすべての政治的矛盾を一気に解消すべく構想されているカリフ制と、そこに至るための革命的行程であるところの「皆んなのカワユイ(^◇^)カリフ道」とはいかなるものであろうかという興味がわいてきました。

 そんなときに光岡英稔先生との共著『荒天の武学』の出版記念イベントが心斎橋のスタンダードブックストアで開かれたときに、中田先生がおみえになりました。
 久闊を叙して光岡先生と、編集担当の集英社の伊藤直樹君に中田先生をご紹介しました。
 伊藤君は僕に『Onepiece』の解説を書かせるという破天荒なアイディアを思いついた次に光岡先生との対談本を企画するという「何を考えているのか読めない編集者」なのですが、中田先生を見た瞬間に何かアイディアが閃いたようで、しばらくすると「中田先生との対談を本にしませんか?」という魅惑的なアイディアを提示してきました。

 考えてみると編集者から提示された企画が短期間に3つ連続して実現した例というのは僕にとっては希有なこと(というかはじめて)であります。
 それだけ伊藤君が「球を散らして来る」編集者だということです。
 やるなあ、伊藤直樹。

 僕の知らないうちに伊藤君はさくさくと中田先生と会って、その著書を読破し、イスラムについても研究を深め、対談本の企画を水面下で進め、ある日「どかん」とイスラム関係の参考書を送ってきました。
 「対談までにこれを読んでおいてくださいね」。

 中田先生のカリフ制再興論はスケールの大きな政治的構想です。
 カリフというのは世界史をやった人はなんとなく覚えているでしょうけれど、「代理人」を意味するアラビア語「ハリーファ」の転訛した言葉です。
 632年に預言者ムハンマドが没し、その後継者がイスラム共同体の教友たちの中から選ばれることになりました。2代目がアブー・バクル、3代目がウマル。
 スンナ派の法学者は4代目アリーまでとウマイヤ朝(661~750)、アッバース朝(750~1258)までを正式なカリフと認めて、オスマン帝国のスルタン=カリフは正式なムハンマドの後継者とは認めておりません。
 とりあえずオスマン朝のカリフの系譜はケマル・アタテュルクが1924年に廃止したことで途絶しました。
 カリフはイスラーム信仰共同体統合の生きた象徴であり、それが失われたことによって、世界の13億のイスラーム信者の信仰的な結びつきは大きく損なわれました。
 中田先生はムスリム諸国の現状が歴史の自然過程ではなく、むしろねじまげられた結果ではないかと考えています。

「なぜムスリム諸国間に経済上の相互協力や相互補完がまったく存在しないのか。サウジアラビアの富と、スーダンの労働力および潜在的農業生産力が合わされば、成功を約束された巨大な農産業が生まれるであろう。湾岸諸国の投資とエジプトの技術および人口が合わされば、有望な製造業が生まれることになろう。しかしなぜ彼らはそうしないのか。
宗教、歴史、言葉および文化の点で我々はお互いに類似しているのに、なぜわれわれはこんなにも分裂しているのか。
(・・・)かつては強大で偉大であったムスリム共同体が、何ゆえこれほど弱くなってしまったのか」(同書、2―3頁)

 この理由がカリフ制の廃止である、というのが中田先生のご意見です。

 「1924年にムスタファ・ケマルがカリフ制度(Khilafah)を廃止した時、ムスリムは最終的に自分たちの生の統合原理であったイスラーム聖法(シャーリアの諸規範)を放棄してしまった。彼らは西洋の法典および統治制度を採用し、宗教を実生活の領域から切り離した。彼らはアッラーフのみに対する崇拝から逸れ、人造の諸制度と法律を崇拝するようになった。これこそが我々の弱体化と屈辱の原因なのである。」(中田考、『カリフ制こそ解答』、ムスリム新聞社、2007、4頁)

 なるほど。
 僕たちは「宗教、歴史、言葉および文化」の点で深い類似性をもつ集団がモロッコからインドネシアに至る広大な地域に拡がっていながら、それらが政治的にはばらばらになっており、相互支援相互扶助のシステムが存在しないことを「当然」のように思っていますが、よく考えるとこれはかなり奇異なことと言わねばません。

 キリスト教圏とか仏教圏とか儒教圏とかいう宗教圏には「宗教」的な同一性しかありません。歴史も文化も、特に「言葉」において共通のものがない。
 でもムスリム諸国というのはアラビア語という「宗教的なリンガフランカ」を共有しているのです。
 モロッコでもインドネシアでもムスリムたちは同じアラビア語の聖典を読み、アラビア語で祈ります。
 世界宗教であるキリスト教にしても、キリスト教圏の人々がラテン語やコイネーを共通語にして対話できるということはありません。

 ムスリムに近いのはユダヤ教共同体です。日々の儀礼や祈りにおいて世界中のユダヤ人はヘブライ語を繰り返し口にしますが、日常的に聖書ヘブライ語で会話している人はたぶんおりません。
 でも、ムスリムの場合は彼らの聖典であるクルアーンもハディースもアラビア語で書かれている。そして、アラビア語を日常語としている人々は世界に1億5千万人いる。
 巨大な、そして連帯の条件の整ったイスラーム共同体(ウンマ)が存在している。
 にもかかわらず、諸国は連帯していない。
 これは話の筋目が通らない。
「なぜムスリム諸国は統合されないのか?」
 これだけ統合の条件が整っていながら統合されないのは、政治的なファクターが「統合を妨げている」と考える方が合理的でしょう。
 なぜムスリム諸国は分裂されたままなのかという問いに中田先生はこう答えています。

「それはイスラーム世界の支配層が分裂の恒久化を図っているからにほかならない。文明の衝突を唱えるハンチントンも、湾岸戦争に関して『イスラム政府の意見は最初は分かれていたが、アラブ人やイスラム教徒の意見は、初めから圧倒的に反西欧だった。』(『文明の衝突と21世紀の日本』、165頁)と認めている通り、イスラーム世界においては政府と民衆の意志の間には大きな乖離が存在する。
民衆レベルにおいては、民族、国家を超えたイスラームの同胞意識と、国境を越えて縦横に張り巡らされたイスラーム学、親族関係、交易などのネットワークに支えられたイスラーム世界の統一への志向性が存在する。そして、既存秩序の改変を迫り支配層の既得権をおびやかすこのイスラーム世界の統一への民衆の動きを抑えるべく結成されたのがOICnなのである。」

 OIC(Organization of Islamic Cooperation)は50~60年代に旧ソ連圏をスポンサーとする「アラブ社会主義」の運動に対抗して湾岸の王制諸国が結成した組織である。
 一見すると、世界のイスラーム諸国民の連帯のための組織のように見えるけれど、中田先生の評価は違う。

「OICとはその出自からして、イスラームの連帯をうたう憲章とは裏腹に、イスラーム世界の統一とは真っ向から対立するベクトルを有するものなのである。つまりOICの内実は『相互に主権を尊重する』との美名の下に、加盟諸国の支配者の間で結ばれた『互いの縄張りを犯さない』との『紳士協定』=イスラーム世界の再統合を阻止して分裂の現状を固定化し、既得権益を守るためのカルテルである。そしてその機能はムスリム民衆の目からウンマの分裂の現状を隠蔽し、あたかも連帯が存在しているかのような幻想を与え、ウンマの連帯意識に適当なはけ口を与えることにある。」(中田考、『イスラームのロジック』、講談社選書メチエ、2001年、54頁)

 つまり、イスラーム共同体が成立しないのは、「イスラーム共同体の擁護」を組織目的に掲げる組織が実際にはウンマの分裂を固定化することによって既得権を守ろうとしているからであるというのが中田先生の見立てです。

 僕はこのような分析を中田先生からはじめて教えて頂きました。
 なるほど。
 どうして、あらゆるムスリムの政治単位は(国際機関も国民国家も政党もジハード組織も)すべてが最終目標に「イスラーム共同体の統合」をうたっているのに、現実にはお互いを攻撃し合い、つぶし合っているのか、その理由が今一つわからなかったのです。
 民衆を超えたレベル、国境を越えたレベルでのクロスボーダーな統合をめざすはずの運動が現実には特定の地域集団や部族集団や国民国家内部的な組織を基盤にせざるを得ない。

「インターナショナルな統合を成し遂げるために、まずナショナルな統合を」「ローカルな組織への分裂を乗り越えるために、まずローカルな組織を強化せよ」というのは、「万人に富を公平に分配するために、まずオレに富を集中しよう」に似た原理です。

 むかし『アラビアのロレンス』を観たときに、ベドウィンでは「資源の公平な分配」は「族長への集中」を経由しなければならないというルールがあることを知りました。
 アンソニー・クィン演じるベドウィンの族長がイギリス人のロレンスにそのルールを説き聞かせる場面がありました。
 いったんすべての権力も財貨も情報もひとりに集めることでフェアな再分配を効率的に行う。
 この「ひとり」が卓越した、無欲な人物であれば、たしかにこの分配方法はきわめて合理的なものです。
 たぶんこれは遊牧民文化に根づいた「生活の知恵」なのでしょう(キリスト教でも「羊と牧者」という比喩を繰り返し使いますから)。

 実際にPLOの議長アラファトはその死後スイスの銀行に42億ドルにのぼる個人資産があることがわかりました。たぶんPLOに世界中のムスリムから寄せられた「浄財」を自分の個人口座に入金したのでしょう。
 これを「腐敗」だと批判する人もいますが、これはやはり伝統的な遊牧民の管財術なのだと思います。
 族長にいったんすべて委ねる。彼が高潔で有徳な人物であれば、資源の分配は「みんなであれこれ議論して決める」よりも適切で公正でスピーディなものになるはずですから。
 アラファト議長があれだけ長期にわたって実力を維持できたのは、彼の「分配」のしかたが合理的だったからでしょう。
 彼の率いるファタハが民衆的な支持を失い、対抗勢力であるハマスに支持が移ったのは、ハマスの方が集まった「浄財」のパレスチナ難民に対する分配がフェアであったからだと言われています(パリにいたアラファト夫人は毎月5万ドルの送金を議長から受け取っていたそうですけれど、こういうことがばれると族長は支持を失うんでしょうね)。

 ともあれ、分裂状態にあるイスラーム共同体の政治的統合は「ひとり」にすべてを集約することによってしか果たせないという中田先生の「カリフ制再興」のロジックは、歴史的経験を踏まえても(たぶんイスラーム法学的にも)筋の通ったもののように僕には思えます。
カリフ制再興を求める民衆運動は実際にイスラーム世界の各地で始まっているそうです(日本のメディアはほとんど報道しませんけれど)。
 どうなるのか、注目してゆきたいですね。

 というわけで、カリフ制をめぐる中田先生のレクチャーはこのあとも続きます。
 次回の対談は7月3日であります。


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内田樹(うちだ・たつる)

1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。 現在、神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。 神戸女学院大学名誉教授、多田塾甲南合気会師範、合気道七段。

著書に、『街場の現代思想』『街場のアメリカ論』(以上、文春文庫)、 『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞受賞)、 『日本辺境論』(新潮新書・2010年新書大賞受賞)、 『街場の教育論』『増補版 街場の中国論』『街場の文体論』(以上、ミシマ社)など多数

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