凱風館日乗

2011年秋の開館以来、内田樹先生の主宰する道場「凱風館」には、数々の著名人や武道家が訪れ、伝説のような出来事が日々起こっています。合気道(多田塾甲南合気会)には門人が150名を超え、入門待ちの状態・・・。そこで、通いたくても通えない方々に「誌上入門」していただこうと、本連載を内田先生に依頼しました。道場に通えない方も、道場には興味がないという方も、内田師範の「教え」を体感してみてください。とにかく、気持ちいいですから!(編集部)

第7回 凱風館日乗(6月半ば)

2013.06.20更新

 あっという間に6月も半ばになってしまいました。
 筒井康隆のSFに時間がどんどん早くなっていって、朝ご飯食べているうちに日が暮れて、ふとんに入ったとたんに夜が明けて・・・というのがありましたけれど、あれに近いですね。さっき朝ご飯を食べたはずなのに、もう午過ぎで、昼ご飯を食べてちょっと昼寝するともう夕方なんですから。

 でも、一日を長くする方法を発見しました。
 それは「早起きすること」です。
 毎週火曜木曜は朝稽古があるので、5:30起きですけれど、さすがにこれをすると一日が(というより午前中が)とても長い。
 朝稽古がない日も5:30に起きると、朝ご飯前に3時間くらい集中して仕事ができます(昨日やってみたら、午前中に原稿4本書き上げました)。

 村上春樹さんも早起きらしいです。
 朝4時ごろ起きて、午前中ずっと仕事して、お昼で終わり。午後は走ったり、音楽を聴いたり、映画を観たり、本を読んだりして、夜ご飯食べて、ちょっと飲んで、10時には寝るんだそうです。
 こんな生活、僕も送ってみたい。

 でも、10時就寝5時半起きだと、奥さんと顔を合わせる時間がほとんどなくなるのが難点(奥さんは午後はだいたい仕事で出てるし、帰ってくるのは10時過ぎですから)。
 朝仕事をして、お昼には終わりにするというのは、実は日本の伝統的な働き方なんですよね。
 聖徳太子の定めた17条憲法にもそのことが書いてあります。
 ほんとに。

第八条。
群卿百寮、早朝晏退。公事靡監。終日難盡。是以、遲朝不逮于急。早退必事不盡(官吏たちは朝早く出仕し、遅くに退出しなさい。公務には暇がない。一日かけても終わらない。出勤が遅いと急な用事に応じられないし、早退すると仕事が終わらない)。

 公務員の就業時間についてわざわざ憲法に「早朝晏退」と書いたのは「早朝早退」が当時の官吏の働き方の基本だったからです。
 日本人の働き過ぎは聖徳太子から始まったんですね。
 というわけで、私は聖徳太子以前的な執務態度に戻りたいと個人的には願っております。ぜひこの夏から実施したいと思っています。

 さて、前回の凱風館日乗は「備忘録」的な書き方をしたら、なんだかメモみたいになってしまって、読んでもつまらなかったので、あれはもう止めることにしました。
 思いついたことをその場で書くだけにします。時間順もでたらめ。
 はい、では今思いついたこと。
 「全柔連の上村理事長辞任を撤回」のニュースについて。

「全日本柔道連盟の上村春樹会長が続投の意向を示した。全柔連に相次いだ不祥事の責任を問われているが、国内外の柔道界では辞任を求める声は広がっていない。自ら全柔連改革にあたる意欲も強く、辞任する状況ではないと判断した。上村会長は4月、助成金問題を調べる第三者委員会の中間報告を受け、「近く進退を明らかにしたい」と述べた。辞任する場合のめどとして6月11日の理事会を挙げ、柔道界の反応を見極めていた。全柔連内部では、上村氏を支持する声が根強いのが現状だ。」(朝日新聞、6月11日)

 柔道界の体質の劣化は急速に進んでいます。
 剣道もそうです。
 柔道は五輪二連覇の内柴正人が指導していた女子柔道部員への強姦容疑で逮捕され、懲役5年の判決を受けました(本人は「合意の上」として控訴中)。
 剣道でも去年神奈川県警の正代賢司巡査部長が児童買春・ポルノ禁止法違反容疑で逮捕されました。彼は08年の剣道日本一。09年と12年の世界剣道選手権で優勝メンバーでもありました。

 柔道家、剣道家は何十万人もいますから、もちろんその中に不祥事を起こす者がいても、それは咎めるには足りません。
 でも、日本一であったり、世界一であったりするアスリートが性犯罪者になったということになると話は少し違ってきます。
 それは彼らが習熟し、それに卓越していた身体技法は市民的成熟にはあまり(というか全然)効果がなかったということを意味するからです。

 そのことについて、全柔連と全剣連からは「ひとこと」の弁明があって然るべきだったと僕は思います。
 でも、いずれの競技団体もこれらの事件については、個人的な逸脱であって、彼らが嗜んで来た武道そのものとも、彼らが帰属していた競技団体とも何の関係がないという立場をとっています。
 彼らが世界一にランクされた技術的卓越と彼らの市民的成熟度の間には何の関係もない、と。
武道団体の沈黙はそういうふうに理解すべきだ僕は思います。

 そういうなら、それでいいと思います。
 では、これからはそれを基本のルールということにしてゆきたいと思います。
 武道の技術的習熟とアスリートの人間性の間には「何の関係もない」と。
 それぞれの武道団体は技術的習熟に対してはそれなりのきびしい要求基準を定めているが、人間性については原則としてこれを問わない、と。
 でしたら、ぜひその原則を貫いて頂きたい。
 
 となると、まず武道必修化に何の必然性があったのか、それについての説明責任を果たさなければならない。
 2011年から実施された武道必修化の根拠は、剣道や柔道を必修化することが「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」に資するという判断でした。
 礼儀や公正な態度を涵養することを目的として掲げて、武道必修化に踏み切ったのである以上、それを推進した文科省にも、「世界一の武道家」が続けて性犯罪を犯した事実と必修化の間の「関係」については、何らかのコメントする責任があると思います。

 そこには何らかの関係があるのか、まったく関係がないのか。
 教育行政の主管官庁としては、せめてそれについてだけは省としての見解を示す責任があると思います。
 でも、文科省はノーコメントを貫いています。
 誰も何も言わないで、「人の噂も75日」で嵐が過ぎるのを待っている。

 残念ながら、全柔連では内柴事件の後もさらに不祥事が連続しました。
 女子ナショナルチームの園田監督による女子選手に対するハラスメント、全柔連現職理事による女子選手へのわいせつ行為、助成金の不正受領と短期間に「膿が出る」ように事件が連続的に報道されました。
 ここまで続くと個人の問題ではなく、組織問題であるということについてはさすがに全柔連も認めざるを得ないところまで追い詰められました。

 僕が問題にしているのは、その世界で「卓越した資質や技術」を有しているという理由で、組織の要路や指導者の立場に立ったはずの人間が十分な市民的成熟に達していないということです。
 これらの事件(上村理事長のそのポストへの固執も含めて)に共通するのは端的に言えば「幼児性」です。

 自分の生理的欲望を制御できない。
 自分の公的立場を理解していない。
 自分の言動がどのような社会的影響を及ぼすことになるのか想像力が働かない。
 問題が起きると「誰か」のせいにして、自分だけ逃げ出そうとする。
 誰が見ても、これは「子ども」の特徴です。
 長期にわたる集中的な身体技法訓練が結果として「幼児」を「成人」に仕上げることにはほとんど役に立っていないということをこれらの一連の事実はあきらかにしている。
 僕はそう思います。

 誤解して欲しくないのですが、僕はそれが「悪い」と言っているのではありません。
 子どもが幼児的であるのは彼らの罪ではありません。
 彼らを成熟させるシステムがこれらの武道団体の制定するプログラムの中にはなかったというだけのことです。
 「別にオレは成熟なんかしなくてもいいよ。強ければいいんだよ」という人たちが集まって何かしたいというのなら、それについては「ご自由に」という以外しかありません。
 それを止める権利は誰にもありません。

 でも、そういう人たちが学校教育に関与したり、「人格陶冶」というようなことを口走るのだけは止めて欲しいと思います。
 学校教育は幼児を成人にするための制度です。
 ずいぶん加齢しても、幼児のままでいることに気づかない人たち、幼児のままでいることを恥じない人たちとはおよそ無縁のものです。

 幼児的であることに気づかない人、幼児的であることに自足している人たちは学校には近づかないで欲しい。
 それが僕からのささやかなお願いです。
 たぶん誰も耳を貸してくれないとは思いますが、一応言ってみました。

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内田樹(うちだ・たつる)

1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。 現在、神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。 神戸女学院大学名誉教授、多田塾甲南合気会師範、合気道七段。

著書に、『街場の現代思想』『街場のアメリカ論』(以上、文春文庫)、 『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞受賞)、 『日本辺境論』(新潮新書・2010年新書大賞受賞)、 『街場の教育論』『増補版 街場の中国論』『街場の文体論』(以上、ミシマ社)など多数

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