凱風館日乗

第10回 凱風館日乗(6/27~28)

2013.07.04更新

 観世流ご宗家の芸術選奨文部化学大臣賞の受賞記念パーティがあって、東京に行ってきました。発起人のひとりとして壇上で「鏡開き」というものをやりました。
 四斗樽を木槌でこんと割るので「鏡割り」とも言いますが、「割る」は忌み言葉なので、こういうお祝い事のときは「鏡開き」と言うのだそうです。

 仕事はそれだけであとはご飯を食べるだけ。ホテルオークラの美味しいローストビーフを二枚も頂きました。二次会にもお呼ばれしたのですが、バーで渡邊守章、松岡心平、小林康夫の「東大教授」三人に囲まれて、微妙に緊張しました(渡邊先生に駒場のフランス語でCをつけられたトラウマ的経験からいまだに逃れられないのです)。
 松岡さんはお家元を囲んでの能楽講座に過去二回おつきあいいただいたので、少し気楽です。 
 松岡さんとは泉鏡花の話から遊行の芸能民についての記録は最終的には「文学」の仕事ですよね、という話になりました。どれほど資料が整っていても、その職能民のエートスとかメンタリティとか皮膚感覚とか、その人たちが吸っていた「空気感」のようなものは文学じゃないと掬いとれない。
 泉鏡花は遊行の芸能民の話をけっこうたくさん書いています。『照葉狂言』『義血侠血』(「瀧の白糸」の原作)『歌行燈』『高野聖』などなど。たぶん、若い頃に身近にそういう人たちを見る機会があったんでしょう。僕たちがいま明治の始め頃の遊行の民の生活や心もちを知れるのはこういう先人たちの仕事おかげです。

 僕は「職業小説」が好きです(「知らない職業の人の話を聴くのが大好き」というのも同一の性向の別のかたちの現れなんでしょうね)。とくに技術的なことについて細かく書かれたものがなぜか身が震えるほど好きです。「こんな話、聴いてて面白いですか?」と怪訝な顔をされることがよくありますが、面白いんです。

 アルベール・カミュの『最初の人間』でも、読んでいていちばんどきどきしたのは語り手の少年が叔父さんの「樽工場」に行って、樽を作る工程を詳述する場面でした。
 そんなところに激しい文学的感興を覚える読者って、あまりいないような気がします。それとも意外にたくさんいるんだけれど、カミングアウトする機会がないだけなのか、どっちでしょう。
 でも、現代文学にはこの「ある職業について技術的なことを詳述する小説」って、あまり見ることがありません。

 作家が主人公という小説はけっこうありますけれど、これがだいたい判で押したように「スランプで書けない作家」か「ルーティン的に書き飛ばす作家」のどちらか。技術的な工夫をあれこれと凝らして、「おお、今日は筆が走るぞ」とか「何かが降りて来た!」と職業的高揚感にうち震える・・・というような場面が書かれたものを僕は読んだ記憶がありません。

 少女マンガ家さんたちは徹夜でインクまみれ墨汁まみれになりながらスクリーントーン貼ったりベタ塗ったりしている場面をたくさん書きますけれど、これもほぼ定型的に「連載落す寸前マンガ」であって、クオリティの高いマンガを描き上げるためにどのような技術的工夫があるのかというような職業的ディテールに言及されることはまれです。
 あれば読みたいんですけどねえ。

 登場人物の技術的な天才性を細部にわたって記述する小説はだいたいエンターテイメントになってしまいます(でも、その場合の技術って、銀行強盗とかサイバーテロとか、ピトレスクではありますけれど「ふつう」じゃない)。
 どうして卓越した技術をもつ「ふつうの職業人」の「ふつうの技術的細部」を詳述して、そのメンタリティとか息づかいとかを記録に残しておくという文学的実践が少ないんでしょう。後世の人もそういうものが書き残されているとずいぶん助かると思うんですけどね。

 松岡さんと職業的細部を書いたもので、すぐれた文学的完成を遂げた作品てどんなのがあるだろうという話になりました。いくつか思いつきました。
 メルヴィルの『白鯨』(この鯨解体の細部の長いこと長いこと)とかジャック・ロンドンの『火を熾す』 とか(これなんかアラスカで火を熾す技術だけについて書かれた一編ですからね)。ヘミングウェイの『殺し屋たち』も殺し屋という職業についてまことに写実的に報告しております。
 泉鏡花的な「異能者の物語」を書く現代作家っていないんでしょうかね。いると、文学史的には大きな仕事をすることになるのに・・・
 というような話をお隣にすわった松岡さんとしたのでした。
 
 一夜明けて、学士会館でチェックアウトの後に、小一時間ほど『週刊朝日』の取材を受けました。日本共産党の「意外な応援団」という特集のための取材です。
 今回の都議選で共産党は得票率は前回より1ポイント増とそれほど変わらなかったのですが、議席数は8から17に倍増しました。低投票率(43.5%)の選挙でしたから確実な組織票をもつ公明党、共産党に有利ということは事前から言われていましたけれど、それにしても、この数字はかなり徴候的です。

 それが何を意味するのか、について思うところをお話ししました。
 端的に言うと、前回の衆院選、今回の都議選でわかったことは「政界再編の失敗」ということでした。
 自民・民主の二大政党による政権交代可能な政治状況を作るというのがいわゆる「55年体制」(自民党と社会党が2:1の比率で議席を分け合っていた体制)に代わる「政界再編」のめざしたものでした。

 でも、民主党の没落によって、「政権交代が不可能であり、かつ院内に十分な規模の綱領的反対勢力が存在しない」という議会制民主主義の危機的状況が出来しました。
 55年体制下でも、自民党は衆院の過半数を制する第一党でしたが、それでもすべての政策を実現できたわけではありません。野党社会党が「徹底抗戦」の構えを示す法案については「強行採決」を自制したという局面がしばしばありました。

 つまり、野党にしても「絶対反対」という法案と「反対だけど、まあ多数決で押し切られてもしかたないよな」という反対の強度の差というものがあり、与党もそれを察知して、国対レベルでは、「前の法案では野党の言い分に譲ったんだから、今回はこっちの話を呑んでよ」というようなアンダーグラウンドの腹芸が行われていた。その「貸し借り」があったせいで、政権与党はすべての法案を通せない代わりに「多数派の横暴」という非難を浴びることをある程度までは回避できた。

 Win-Win というよりはLose-lose(ただし、野党の敗率は与党の数倍)の関係。それが55年体制だったと思います(これってよく考えると、今の自公連立政権での自民党と公明党の関係と構造的には似てますね)。
 あるいは対外的にも、アメリカからの要請に対して「政府としてはご要望をお引き受けするにやぶさかではないのですが、何しろ議院内には小うるさい野党勢力がおりまして、これがもうややこしいことばかり言って、政府の足をひっぱるんで、かなわんのです」というような「言い逃れ」が使えた。

 たぶん、このエクスキューズは吉田内閣以降自民党の対米外交ではずいぶん活用されていたんじゃないかと思います。
 自民党は現実主義政党、社共は現実離れした「イデオロギー政党」というおおざっぱな区分けでよいと思いますが、対立する政党がイデオロギー・綱領的である以上、自民党もある程度は綱領的に一貫性のある「国家ヴィジョン」を掲げざるを得ない(やる気はないけど「改憲」とか、やれる気はしないけど「対米自立」とか)。社会党も議会の30%を占めている以上、ある程度実現可能な政策を提言せざるを得ない。

 そういうかたちでの相補的な関係があったからこそ、55年体制は30年以上の長きにわたって、戦後日本社会の基幹的な枠組みでありえたわけです。
 しかし、60年代から社会党の「長期低落傾向」が始まります。理由はさまざまですが、経済活動の中心が「生産」から「消費」にシフトする過程で、「労働者のエートス」に軸足を置いた政治勢力はその幻想的な統合軸そのものを失ってしまったということなのかも知れません。

 一方の自民党も資本主義の成熟にともなって「せこい金権政党」的本質を露呈して、さまざまな金にまつわるスキャンダルを起こし、新党ブームにあおられ、離党者続出。自社両党ともに溶解したのが日付としては1993年。20年前のことです。
 以後20年ずっと「政界再編」が続いている。
 さすがに20年続くともう「政界再編」というターム自体に何のインパクトもなくなってしまいました。

 選挙制度の改革で、小選挙区制になったせいで、「風向き」次第で政党の人気が乱高下して、それが政権を不安定なものにする。政党の離合集散が続き、いったい誰がどこの政党の政治家だかわからないというくらいの事態になった。「政界再編」というよりは、「政界融解」が起きた。「構造改革」とか「グレートリセット」とかそのつど言葉は変わりましたが、要するに90年代の「政界再編」がまだ続いているわけです。そして、20年続いた政界再編に有権者もさすがにうんざりしてきた、というのが現状ではないかと思います。

 「こんなことになるくらいなら、政界再編以前の方がよかったんじゃないか・・・」というのがかなりの数の有権者の偽らざる気持ちでしょう。与党と野党が2:1くらいで議席を分け合っていて、中選挙区制で死票が出ないシステムの方が「まだまし」だったんじゃないか、と。

 ほんとうなら、民主党が「かつての社会党」の立場をめざすべきなのでしょうけれど、安全保障についても原発についてもTPPについても、なまじ「政権交代」をめざしたせいで自民党とほとんど違いがないところまで政策的に接近してきてしまったので、もう「綱領的に一本筋が通った野党」としてのイメージを有権者は民主党に対して持っていません。

 共産党への投票行動はですから「共産党の政策への支持」というよりは、「あの、政治過程がとってもわかりやすかった55年体制」への回帰の願望がかなり混じっているのではないか、というのが僕の分析でした(長い話ですみません)。

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内田樹(うちだ・たつる)

1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。 現在、神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。 神戸女学院大学名誉教授、多田塾甲南合気会師範、合気道七段。

著書に、『街場の現代思想』『街場のアメリカ論』(以上、文春文庫)、 『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞受賞)、 『日本辺境論』(新潮新書・2010年新書大賞受賞)、 『街場の教育論』『増補版 街場の中国論』『街場の文体論』(以上、ミシマ社)など多数

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