凱風館日乗

第21回 凱風館日乗(1月後半)

2014.01.27更新

 ある高校の先生から手紙をいただきました。
 その学校に赴任してきた「民間」校長について、こんなふうに書いてありました。

「『民間』校長は『同じことの繰り返しは後退である』と宣言し、教員の意見は一切きかず、"経済"界から来た自分の意見こそが"グローバル"に通用する優れたものであるという論点をけっして変えようとしません。発せられるあらゆる言葉に教育者としての品位や教養、暖かさがまったく感じられず、"眼に見える"成果や数値ばかりを気にしている人物です。一度も教育に携わったことのない人物が突然校長としてやってきて、大勢の生徒の前で、どこかから借りてきた流行りの言葉で滔々(とうとう)と私言を述べ、それを教員も生徒もじっと聞いていなくてはならないような現状は何なのか。何故、教育界はまわりからかくもめちゃめちゃにされてしまわなければならないのか。」

 行間に怒りと悲しみがにじんでくるような書簡でした。
 NHK会長の記者会見の記事を読んでいたら、この「民間」校長となんとなくオーバーラップしました。
「どこが?」と奥さんがきいたので、「バカが偉くなる社会になったなとしみじみ感じるから」とお答えしました。
 僕が「バカが偉くなる社会」を好まないのは純粋に合理的な理由で、「無駄が多いから」です。
 バカはその定義からして、その「偉い」職務を長く安定的に維持することができません。 遠からず、致命的な失敗を犯して職を辞すことを余儀なくされる。しなくて済んだ無駄な人事です。でも、「致命的な失敗」がもたらした被害はそれによって修復されるわけではありません。バカな上司は短期間に実に効率よく制度を破壊し、部下たちのやる気を殺ぎ、汚物をまき散らして立ち去ります。迷惑をかけるときに限っての「手際の良さ」にはたしかにみごとなものです。

 僕は「悪賢いやつ」が偉くなることにはそれほど反対しません。「悪賢いやつ」は自分の地位を保全するために「ほうっておけば敵になりそうなやつを味方につける」というくらいの知恵は働くからです。その過程で「少数意見」が多少は汲み上げられ、意見の多様性も多少は息がつける。民主制を維持するためにという視点から言えば、「バカが上に立つ」よりも「悪賢いやつが上に立つ」方が多少はましです。
「バカ」には異論をうまくなじませるということができません。「うまく言いくるめれば味方になるかも知れない人」を無策なまま敵にまわしてしまう。
 今の日本社会をひとことで言うと「バカがいばっている社会」です。
そう考えるといろいろな「意味のよくわからないこと」が腑に落ちるから、実際にそうなんでしょう。

 『水戸黄門』でも『大岡越前』でも、定型的悪役は「悪賢い奴」でした。「バカ」が悪ものをひきいているドラマというものを僕はこれまで見たことがありません。それはそういう時代だったからできたのだと思います。今はそういうドラマが作れなくなったとテレビマンは口をそろえて言いますけれど、それは現代日本社会では「バカ」が組織をひきいて、ろくでもないことをしているからだと思います。
 もう「悪賢い奴」じゃないんです。
 どこにも悪の主体がいない。
 えらい人の欲望を「忖度」したり、「はやりのイデオロギー」に迎合したりするだけで、自分ではなんだか意味のわからないことを必死にやっている人間たちが制度の最上位にのぼりつめてしまうような社会なのです。

『水戸黄門』で、悪代官に「ええい、斬り捨てい!」と下知されて、何も考えずに斬りかかって、格さん助さんにばっさり斬られちゃう部下たちがいますね。何も考えないで、こうすれば上司にほめられると思って、意味のわからない行動をとっている連中。
 あのときの部下の侍たちが水戸黄門一行をうまい具合に皆殺しにして、こっそり死体を埋めて、そしらぬふりをしているうちに、中の一人が先代の後釜に座って「代官」に出世しちゃったのが今の日本の姿であると見立てるのはどうでしょう。

 たしかにそういう「サラリーマン悪役」のドラマだと制作するのむずかしいでしょう。
 バカの造型って、技術的にはすごくむずかしいから。
 あるいはそんなドラマを作ってみたら、テレビ局の上層部も、スポンサーも、みんなが「おい、これはオレに対する皮肉か!」と激怒してたちまち放送中止になってしまうことが高い確率で予想されるからかも知れません。

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内田樹(うちだ・たつる)

1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。 現在、神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。 神戸女学院大学名誉教授、多田塾甲南合気会師範、合気道七段。

著書に、『街場の現代思想』『街場のアメリカ論』(以上、文春文庫)、 『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞受賞)、 『日本辺境論』(新潮新書・2010年新書大賞受賞)、 『街場の教育論』『増補版 街場の中国論』『街場の文体論』(以上、ミシマ社)など多数

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