凱風館日乗

第24回 凱風館日乗(2/22〜4/1)前編

2014.04.04更新

 みなさん、こんにちは。3月の凱風館日乗です。「日乗」は日記、日録の意味なんですけれど、それが月一更新では「月乗」と改名せねばなりません。でも、ほんとうに忙しかったんです(と先月も先々月も書いたような気がしますが)。どれくらい忙しかったか、とりあえず言い訳させてください(病気自慢と一緒で、「忙し自慢」てあるんです。ツイッター読んでいると僕の他にももう一人います)。

 前回更新は2月21日ですから、それから後。書きますよ、根性出して読んでね。
 22日県連合気道指導者講習会で終日姫路武道館にて合気道。23日宗石くんと尾崎くんの結婚式で昼から夜まで結婚式、披露宴、二次会。24日中田考先生と『一神教と国家』のトークセッション。25日小学館取材、寺子屋ゼミ。26日朝能特訓、午後新宗連で講演、夜帰郷するヒラオくんを送る会でなばちゃん、あーりんとご飯。27日信濃毎日取材、サンデー毎日取材、夜審査。28日毎日新聞取材、夜審査、3月1日伊丹空港から成田へ。北総合気会30周年記念講習会、懇親会。2日多田先生の講習会と道主をお招きしての演武会、懇親会。終了後東京へ移動、学士会館泊。3日神戸へ帰る。日経BP取材。4日上京、臨時理事会。夜、渋谷で『SIGHT』の鼎談、高橋源一郎、渋谷陽一両氏とおしゃべり。等々力泊。5日病院で診療、神戸に帰り、能の特訓。6日赤旗取材、夜稽古と審査。7日能稽古、夜審査。8日10:30~17:30まで稽古、新潮社取材、夜「河豚大会」。9日如来寺杯、連覇を遂げる。10日能稽古、GQ取材、夜審査。11日朝審査、高校生が取材に来る。夜審査。12日~15日極楽スキー。16日オフ。17日能稽古、上京学士会館泊。18日津田塾大学で卒業礼拝で奨励。夜、Againで平川克美くんと対談。等々力泊。19日神戸に帰り、その足で神戸女学院大学卒業式へ。20日朝審査、夜阪神文化交游会にて「能楽と武道」についての講演。21日~23日合気道合宿(神鍋高原)。24日オフ。25日朝稽古、潮取材、寺子屋ゼミ、夜卒業生4名来訪。御影ペルシエで会食。26日~27日杖道会合宿(神鍋高原)。28日上京、臨時理事会および懇親会、等々力泊。29日神戸に帰り、稽古のあと京都八瀬にて従兄弟会、京都泊。30日神戸に戻り、居合研究会。夜、三宮にて凱風館合同結婚祝賀会。31日聖地巡礼(京都~茨木~高槻~應典院)。4月1日能特訓、寺子屋ゼミ、2013年度ゼミ打ち上げ宴会。

 ご覧の通り、2月21日から4月1日までオフが2日しかないんです。
 ちなみに能稽古と能特訓はどう違うのかというと、特訓というのは装束・面をつけて『羽衣』一曲通してやるのを言うのであります。そして、ここには書いてないけど、「審査」と書いた日以外にも、火曜日木曜日は合気道の朝稽古、金曜日は夜稽古、土曜日は4時間のロング稽古をしています。
 その間に原稿を7本書いて、本のゲラを2冊戻したのであります。
「ウチダは最近締め切りを守らなくなったねえ」「ちょっと売れてきたと思って図に乗ってんじゃないの」というような会話をしているそこの編集者諸君、そういう問題じゃないんですよ。単純に書いている時間がないのです。
 じゃあ、講演とか止めたらって気楽におっしゃいますけどね、断れるものなら断ってます。断れない筋からのご依頼だからやってるんですよ。じゃあ、スキーとかバリ島とか行くなよ、と。そうおっしゃいますか? 仕事だけして、遊ばなければいいじゃないか、と。いや、思ってらっしゃるなら、そう堂々と僕に向かって言ってください。別に怒りやしませんよ。貴社のゲラをそのままゴミ箱に叩き込むだけですから。

 とにかくこの2月3月は非人間的なスケジュールでありましたから、凱風館日乗が月乗になってしまったのもゆえなきことではない、と。そのことさえおわかりいただければ僕はそれでよいのです。
 4月からは非人間度がだいぶ軽減されます。4月の締め切りは9本、講演2つ、対談1つ、ラジオ収録2回。旅は東京に1回、箱根に1回、久留米に1回という夢のようにレイドバックなスケジュールであります。
 ですから、4月以降の書き物のクオリティはいくぶんかましなものになると思います。
さて、言い訳は以上です。

 次はこのひと月のあいだ、僕の脳裏に去来した二三のトピックについてご報告いたします。
 まずは数年分のインタビュー記事をもとに書き下ろした『街場の共同体論』(潮出版)が6月に刊行されますので、それについて。どういう本か「まえがき」を立ち読みしていただきましょう。

「皆さん、こんにちは。内田樹です。今回は「共同体論」でお目にかかります。コンテンツは過去数年の間に月刊誌『潮』に掲載されたインタビューと寄稿エッセイをまとめたものです。「ありもの」をぱっぱとまとめて、ちょっと加筆して、一丁上がり、というふうに(編集者も僕も)気楽に考えていたのですが、実際にゲラに手を入れ始めたら、書き足したいことがどんどん出てきてしまって、仕上げるのに半年ほどかかってしまいました。
 扱われているトピックはそのときどきに話題になったこと(つまり、現時点から見ると、ちょっと「古い」ネタです)が、それについての観察や分析にはそれから経過した年月の間に僕が考えたこと(そのときには思いつかなかった「あとぢえ」)が書き込まれています。インタビューの場合、質問はそのときに編集者から実際になされたものをそのまま載せていますが、答えはそのときに答えたこととずいぶん(まるで)違っております。ですから、ほぼ「書き下ろし」と申し上げてよいかと思います。

 本書では、家族論、地域共同体論、教育論、コミュニケーション論、師弟論など、「人と人の結びつき」のありかたについて、あれこれと論じておりますが、言いたいことは簡単と言えば簡単で、「大人になりましょう」「常識的に考えましょう」「古いものをやたら捨てずに、使えるものは使い延ばしましょう」「若い人の成長を支援しましょう」といった「当たり前のこと」に帰着します。
 でも、この「当たり前のこと」が通じない世の中になりつつあるように僕には思われます。
 どんどんと人々が(とくに社会システムの舵取りをしている人たちが)幼児化しています。言うことがだんだん非常識になり、「変化だ、改革だ、スピード感だ、キャッチアップだ、バスに乗り遅れるな」とうわずったような言葉が流布し、万人が「パイ」を奪い合う競争をしているんだから、敗者はどんな目に遭っても「自己責任」だ、というような薄っぺらで、手触りの痛い、棘のある言説ばかりがメディアに溢れています。「まあ、そんなにかりかり焦らず」とか「座ってお茶でも飲んで、ゆっくり考えましょう」というような、心を鎮めて、みんなでゆっくり知恵を出し合いましょうといったタイプのソリューションは見向きもされません。悪い時代になったものです。

 この本は「まあ、いいから、ちょっと落ち着いて。いったい何があったんですか? じっくり一緒に考えようじゃないですか」という態度で貫かれております。そういういささか時代遅れの風儀で最後まで通させて頂きます。
 僕のような「日本一のイラチ男」がそういうことを言い出すわけですから、いかに現代日本人の「うわずり」ぶりが病的であるかおわかり頂けると思います(「イラチ」というのは関西の言葉で、「せっかち」のことです)。
 でも、それを「ウチダも年を取って、角がとれて、穏やかになったね」とかそういうふうに思われては困ります。僕は今も昔も相変わらずの「日本一のイラチ男」です。「イラチ」だからこそ、時間を無駄にすることに対する怒りを抑えることができないのです。どうして、よく考えもせずに、浮き足立ってそんなバカなことをして時間と手間を無駄にするのか・・・という嘆きがこれらの文章を駆動しております。

 はっきり申し上げますけれど、今日本で進められているさまざまな「改革」はあと何十年かすれば(できればあと何年か、のうちにそうなればいいのですが)、「あんなことしなければよかった」とみんながほぞを噛むようなことばかりです。「あんなことをしなければよかったこと」だけを官民挙げて選択的に遂行しようとしている。そのことに僕はほとんど驚倒するのです。外交も内政も、経済政策も教育政策も、ほとんどがそうです。

 もちろん、五〇年後には、これらの失敗はちゃんと反省され、然るべき補正がなされていて、日本はまた順調に機能していると信じたいと思います。でも、日本人が自分たちの犯した失敗に気づくまでの間に、日本はどれだけのものを失うでしょう。美しく豊かな自然資源や、受け継がれてきた生活の知恵や伝統文化、日本人の心性に深く根づいた宗教性や感受性などの「見えざる資産」の多くは、一度失われてしまったら、再生することが困難なものです。目先の銭金やイデオロギー的な思い込みと引き替えに、この列島の住民たちが千年以上をかけてていねいに作り上げてきたこれらの「見えない資産」が破壊されてゆくことを僕は深く惜しむのです。
 この狂躁的な制度改革を駆動しているのは、「このままでは日本はダメになる」という断定です。ほとんどの論客がそういう前提から語り始めています。
 その場合の「このままでは」というのは端的に言えば「もっと効率的に意思決定が下され、もっと効率的に金儲けができるシステムに切り替えなければ」という意味です。でも、それに続く「ダメになる」というのも、その内実はよく聞くと「もっと効率的に意思決定が下され、効率的に金儲けできるシステムになっていないこと」なのです。つまり、「このままでは日本はダメになる」と論じている人たちは、「効率的に意思決定し金儲けできるシステムに切り替えないと、効率的に意思決定し金儲けできない」という「同語反復」をしているだけなのです。

 なぜ、政策決定のスピードが選択された政策の適切性よりも優先されなければならないのか、なぜ金儲けが唯一無二の国家目標に据えられなければならないのか、それについての説明はこの同語反復命題のどこにも書かれていません。それはあまりに自明なことなので、説明の要さえないと信じられているようです。

 でも、僕としてはぜひ説明をうかがいたい。どうして、国家目標が「スピーディな政策決定と効率的な金儲け」に縮減されなければならないのか。そのためには、国土が汚されても、自然が失われても、階層格差が拡がって、社会的弱者が切り捨てられても、集会結社の自由や言論の自由が制約されてもしかたがないのだということの根拠は何なのか。誰か論理的な言葉で説明して欲しいのです。
「経済成長が止ったら日本は終わりです」と断言する人にうかがいたいのです。何が「終わり」なのか。
 2012年の経済成長率世界一はリビアです。カダフィが死んで、内戦状態にある国が成長率世界一です。二位はシェラレオネです。独立以来内戦が続き、「国民の平均寿命世界一短い国」と嘆かれたシェラレオネが第二位です。三位はアフガニスタンです。米国が撤退したらカルザイ政府とタリバンの内戦が始まることが確実なアフガニスタンが第三位です。これらの国の成長率の高さと「国民の豊かさ」の間にどういう相関があるのか、経済成長論者は説明する義務があるでしょう。でも、誰も説明してくれません。
 国民一人あたりGDPが最高の国、経済指標として「国民がもっとも豊かな国」はルクセンブルクです。経済成長率は年率0.34%、世界148位、日本よりはるか下です。イギリスもフランスもドイツもオーストリアもスイスもノルウェーもデンマークも、日本より成長率はずっと下です。それらの国は「どう終わっている」のでしょうか。誰か説明して欲しいのですが、誰も説明してくれません。

 エコノミストたちは「経済成長が止ったら日本は終わりだ」という呪文を唱え続け、メディアもその呪文をそのまま繰り返しています。「終わらせない」ためには法人税を下げるしかない、人件費を切り下げるしかない、原発を再稼働するしかない、経済特区を作るしかない、カジノを作るしかない、五輪を招致するしかない、労働組合をつぶすしかない、言論の自由を制約するしかない・・・。そうやって効率化のための政策が次々と現実化してゆきます。「成長以外の選択肢があるのではないか?」という問いかけは、今のメディアでは誰も提起しませんし、誰も耳を傾けません。
 そのような集団的な思考停止状態に現代日本人は置かれています。この現実に対する深い絶望感が本書の基調低音をかたちづくっています。

 でも、そのわりにはわりと楽観的なところもあります。それは政治やメディアや教育がここまで不調になってしまった以上、やれることはもう自分でやるしかないと腹をくくっているからです。自分でやるしかない以上、僕からの政策的提案は「自分にできること」に限定されています。自分の手に余ることはしない。絶望的な状態に置かれたときには、まず足元の瓦礫を拾い上げるところから始める。それは阪神の大震災のあとに、崩れた大学校舎をみつめてしばらく呆然と立ち尽くしたあと、しゃがみこんで最初のガラスの破片を拾い上げたときに自分で決めたルールでした。

 あれから19年が経って、僕はそのとき自分で決めたルールをもう一度思い出しています。まず自分の足元のガラスの破片を拾い上げること。たぶん、他の場所でも、僕と同じように足元の瓦礫を片付けるところから黙って仕事を始めている人がいるはずです。その人たちといつかどこかで出会って、「あ、こんにちは。ここまでは僕が片付けておきました」「おや、そうですか。この先は私がやっておきました」という会話をかわして、少しだけほっとする。そういう光景を想像して、それまでは、その望みを頼りに生きてゆくことにします。」

『街場の共同体論』の「まえがき」は以上です。本文は家族論、コミュニケーション論、学校教育論、師弟論など。総字数14万字という大冊であります。ぜひ読んでくださいね。


※後半は明日へ続きます。

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内田樹(うちだ・たつる)

1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。 現在、神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。 神戸女学院大学名誉教授、多田塾甲南合気会師範、合気道七段。

著書に、『街場の現代思想』『街場のアメリカ論』(以上、文春文庫)、 『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞受賞)、 『日本辺境論』(新潮新書・2010年新書大賞受賞)、 『街場の教育論』『増補版 街場の中国論』『街場の文体論』(以上、ミシマ社)など多数

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