月刊 越尾比屋人

第12回 モクタルとヤスフ(後編)

2014.03.20更新

 20代を刑務所で過ごしたヤスフは、村に戻ってすぐに結婚した。コーヒー農園に出稼ぎにきていたザーラという若い女性の話を聞いた母親が、結婚の話をまとめたそうだ。

 ヤスフも、村人の家にいた彼女の様子を物陰からうかがい、「感じがよさそうだ」と思って、結婚を決めたという。村では、そのくらいで結婚が決まってしまう。

 しかし、夫婦関係は不安定だった。ちょっとしたことでよくけんかをしては、ザーラが家出を繰り返していた。親戚もいない遠くの村で見知らぬ男と暮らしはじめたザーラにとって、結婚生活は戸惑いの連続だったようだ。

 ザーラが家を飛び出すと、ひとり家に取り残されたヤスフは、いつも不安になった。私のところに来ると、「ザーラがいないと寂しくてだめなんだ」と暗い顔でつぶやいた。何があったかは聞かなかったが、真剣に後悔しているようだった。

 ヤスフは、いつもザーラを迎えに彼女の実家を訪ねた。彼女の実家は、村から車を町で乗り継いで2時間くらい行き、そこから1時間ほど山道を歩いたところにあった。お金がないと、ヤスフはその村までずっと歩いていくこともあった。

 あるとき、歩いてザーラの実家まで行くと、そこに彼女の姿はなかった。とぼとぼともと来た道を帰る途中で、隣村の知人の家に身を寄せていたザーラとばったり会った、ということもあった。

 ヤスフは、そうやっていつも家出したザーラを迎えに行っては仲直りして、一緒に暮らしていた。すぐに娘ができ、そのあと息子も生まれた。

 ふたりの子どもの父親になったものの、ヤスフは働くのが苦手だった。昼間も家で寝転んでいることが多かった。朝からコーランを朗唱するラジオをつけては、チャットを噛みながら、ひとり何やら夢想しているようだった。

 働かないので、チャットを買うお金もない。ヤスフは、弟のヤスィンが育てていたチャット畑に黙って入って摘み取っていた。以前は、きれいに青々と若葉が茂っていたチャット畑も、すっかり荒れ果てた。

 チャットは、村では貴重な換金作物だった。私は、ヤスィンに「チャットは売らなくなったの?」と訊ねた。

「ディノの結婚式があったり、ヤスフが いつも勝手に摘んでしまうから、大きく育たなくなったんだ。まあ仕方ないよ・・・」

 ヤスィンは、あきらめ顔で言った。長く村を離れていた兄が戻ってきて、ヤスィンも黙認するしかないようだった。

 そんなある日、ヤスフが私のところにやってきた。
「おれは今晩、ハイエナをつかまえてやるんだ」と、真面目な顔をして言う。
「どうして?」と問う私に、ヤスフは「ハイエナには不思議な呪力があるので、捕まえれば、金持ちになれるんだ」と、秘密でも打ち明けるように小声でささやいた。

 夜中、家の外に吊るしたハイエナの皮をつかっておびきよせるつもりらしい。家族はみんな、そんなヤスフを鼻で笑った。

 次の朝、私がヤスフに「どうだった?」と訊ねると、彼は「昨夜はハイエナがあらわれなかったんだ」と少し照れくさそうに言った。その日から、ハイエナの話を聞くこともなくなかった。

 ヤスフは、働かずして大金を手にすることを夢見ていた。20代の貴重な時間を失ったことを思うと、そんなヤスフの気持ちもわからないではなかった。

 2011年の夏に村を訪れたときのこと。ヤスフの様子がおかしい。髪ものび放題で、服もしばらく洗濯していないようだった。ザーラもあまり姿をみせない。ふたりとも少しやつれて、私と話すときの表情もどこか硬く、ぎこちない。ディノやアッバ・オリの家でコーヒーを沸かしても、飲みに来ない。

 何かあったらしい。ヤスフの家に行き、それとなく近況を訊ねる。
「どこか調子でも悪いの?」
「頭痛はするし、身体がふつうじゃないんだ。この屋敷地のなかも、すっかり嫌な場所になってしまった」ヤスフは、ため息交じりに言った。

 話を聞くと、ディノがオマーンに出稼ぎに行った妻の送金でトタン屋根の家を新築したことが、気分を落ち込ませる一因のようだった。

「自分の家だけが草葺きの家のままで、みじめな気分になるんだ」

 目の前に堂々としたディノの家が建って、兄としては、それを目にするたびに複雑な気持ちになるようだった。

 さらに、ザーラとンママとの関係も険悪になっていた。小言を言われたザーラがンママに悪態をついたらしい。それで、ふたりは屋敷地のなかで孤立していたのだ。

 どうしたものか、と部屋に戻ろうとすると、ヤスフがアッバ・オリの家の裏手に私をつれていった。そして、声を潜めながら言った。

「どれもこれも全部、ディノのせいなんだ。トンコロ(呪術)を使って、おれたちを陥れているんだ」

 村では不幸や災難に見舞われると、呪術のせいにされることが多い。でも、兄弟のあいだでも呪術が使われていると、ヤスフが本気で信じていることが、私には悲しかった。

 重い気持ちで部屋に戻り、しばらくベッドの上で横になって目をつぶった。前年までに、ディノやヤスィンが家を建てるというので、私も少し援助してきた。今年はヤスフの番かな、と思っていた矢先だった。でも、このままディノとヤスフが同じ場所に住み続けるのは避けたほうがいい気がした。

 思い立って、もう一度、ヤスフの家を訪ねる。
「あたらしい家を建てたらどう?でも、ここじゃなくて、どこか別の場所に。いい場所はない?」

 ヤスフは思いがけない申し出に目を輝かせた。
「自分も、家のことは考えていたところなんだ。昔、伯父が向こうの集落のコーヒー林の隅だったら家を建ててもいいって言ってた。ただ、アッバ・オリたちを置いてここを離れるのは、どうなんだろう。この同じ場所に家を建てたらだめか?」
「別の場所のほうがいいと思う。少し距離を置いて、気分を変えたほうがいい。今のままここにいたんじゃ体調だって、よくならないよ」

 ヤスフも納得したようだった。私は部屋に戻ってお金を用意し、ヤスフに渡した。その晩、彼の家からはヤスフとザーラが話しあう声が夜遅くまで響いていた。

 ヤスフが家を建てるという話は、すぐに広まった。ザーラが、村の市場で「今度、私たちあたらしい家を建てるのよ」と自慢して回ったのだ。

 それを聞いたンママは、怒り心頭だった。「彼女たちにお金なんて渡すべきじゃない!」ンママは、私にも強い口調で言った。あんまり興奮したせいか、鼻血が出て止まらなくなった。女性たちのあいだにも、深い確執があったのだろう。私は、ンママの様子をみて、すぐにでもヤスフたちがこの屋敷地を出るべきだと確信した。
 
 翌年、村を訪れると、アッバ・オリの家の隣にあったヤスフの家が、きれいになくなっていた。出迎えに来たヤスフの表情も、いつになく明るかった。
「ぜひ、うちに来てくれ」ヤスフは自信ありげに言った。

 ヤスフの建てた家は、想像していたよりも立派だった。コーヒー林に囲まれ、静かな環境だった。ヤスフは「さあ、そこに横になってくれ」と、居間にあがるように勧めた。居間でくつろいでいると、ザーラがコーヒーを煎れてもってきた。彼女の表情も明るく、穏やかだった。

「とってもいい家だね。落ち着くよ。ここには、チキッチキ(諍いごと)はないよね?」
「そうなんだ。静かで、とてもいいんだ。近所の人もいい人たちだし」
ヤスフと私は、感慨深げに家のなかを眺め回しながら、話をした。

 また次の年、村に行くと、アッバ・オリの家でのコーヒー飲みにモクタルも、ヤスフもそろって来ていた。あれだけ関係が悪化していたのに、まるで何事もなかったかのように、ディノたちと挨拶を交わし、一緒にコーヒーを飲んでいる。少し距離をおいたり、時間がたったことで、ほとぼりが冷めたようだ。

 村では、最終的に頼りにできるのは家族しかいない。祝祭や断食のときは、両親や親戚の家を訪ね、食事をともにしながら過ごす。腹のなかでは互いにいろんな思いがあるかもしれない。それでも、みんな忘れたような顔をして関係を維持、更新していく。村の人間関係には、そんな柔軟さもある。

 アッバ・オリの家の前庭では、今日も、モクタルやヤスフの子どもたちが、ヤスィンやディノの子どもと一緒に大声をあげながら遊び回っている。大人たちの仲違いなんて、まったくどこ吹く風といった感じで。

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアや中東都市部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎの問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。

『平日開店ミシマガジン』では「<構築>人類学入門」、KYOTO的では「エチオピア的」を連載した。

立教大学社会学部松村研究室

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