月刊 越尾比屋人

第15回 カマルとローザ(前編)

2014.06.25更新

 アッバ・オリの姪にあたるカマルは、いま隣の敷地にひとりで暮らしている。年齢は、40代後半だろうか。最近、すっかり老け込んでしまった。

 カマルは、多くの男性と浮き名を流してきた。
 若い頃に村を飛び出して、アガロの町で働きはじめると、グラゲという異民族の男性と知り合って、子どもができる。村に戻って生んだのが、ひとり娘のローザだ。

 グラゲの男性との関係はそれっきりになり、ローザは祖父母の家で育てられた。カマルも実家で暮らしはじめた。しばらくして今度は、村の小学校に赴任してきた教師の男性と恋仲になる。

 すぐに妊娠して生まれたのが、ひとり息子のシャムスだ。お産は難産になり、カマルは急遽、町の大きな病院まで運ばれて、シャムスを出産した。教師の男性は、病院に一度だけ見舞いに来て少額のお金を渡しただけで、姿を見せなくなる。村の学校も辞めて、アガロの学校に異動になった。

 男性からは1年あまり音沙汰がなかった。カマルは、養育費を要求する裁判を起こした。最終的に養育費の支払いが命じられ、男性の給料から月に75ブルずつ天引きされることになった。

 まだ幼いシャムスに周りの大人たちは「あんたが一番の給料とりなんだよね」と言って、からかう。シャムスは、にこにこしながら黙って聞いている。

 シャムスが生まれてから5年ほどたった2000年に、カマルは村に来た巡礼者の男性と結婚した。素性もよくわからないまま、アガロで一緒に暮らしはじめる。

「なんであの人と結婚しようと思ったの?」
 結婚の理由を訊ねる私に、カマルはあっけらかんと答えた。
「そうね、顔がかっこよかったからね・・・」
 たしかにアル・パチーノのような堀の深い顔立ちのイケメンだった。

 「ガリーバ」とよばれる巡礼者は、人びとの家を訪ね歩き、歓待を受けながら居候を続ける。カマルは、結婚すれば居候生活をやめて落ち着くと思っていたようだ。しかしその後も、人の家を渡り歩くガリーバ生活は変わらず、4カ月ほどでカマルは村の実家に戻ってきた。

 1週間ほどして夫が迎えに来て、そのときは夫婦生活を再開することになった。ところが、2カ月ほどでカマルは再び実家に帰り、そのまま離婚してしまう。

 翌年、村を訪れると、カマルは村のあたらしいモスクにやってきたイスラームの導師と結婚していた。男性は50歳を超えていた。カマルは、3カ月もしないうちにケンカして、実家に戻ってくる。

 「まったく相性が合わないの・・・」と言うカマル。近所の人が集まって一緒にコーヒーを飲むとき、男性との生活の様子を面白おかしく話して、みんなを笑わせた。

 カマルは「夫から離縁された」と、夫が書いたという「離縁状」をもちだしてくるが、カマルが自分で書いた偽物だった。

 導師の男性は復縁を望んでいた。男性のもとから仲介役の老人がカマルの家に送られてきた。しかし、カマルは「戻るつもりはない」ときっぱりと断った。

 仲介役の男性は、ディノに相談をもちかける。
「おれが話をつけてやる」
 ディノはそう言うと、その晩、カマルを部屋に呼んだ。

「男だったら、明日にでも別の女性と再婚したって何も問題ない。でも、女が何度も結婚したり、離婚したりしていたら、人がいろいろと悪く言うだろう」

 ディノの言葉をカマルは不満そうに聞いている。ディノは続けた。
「近くで結婚して、ときどき父母の家を訪ねることができるなんて、いいじゃないか。これがアガロとか町だったら、そうはいかない。女は、結婚して家事をやりながら食べていくのがいいんだ。いつまでも両親の家で暮らしているのはよくない。結婚しているからこそ、父母や村人からも尊敬されるってもんだ」

 年下の従兄弟であるディノの熱心な説得に、カマルも少しは心が動かされたようだ。「明日、もう一回、仲介人から話を聞いてから、夫の家にもどるわ」と言って、家に帰っていった。

 そのときは、それでおさまったものの、結婚生活は長続きしなかった。カマルは、また両親の実家で暮らすようになった。

 自由奔放な生き方をしてきたカマル。例外的なケースかと思いきや、いろいろ聞いていくと、親族のなかに何人も結婚と離婚を繰り返す女性がいることがわかってきた。必ずしも最近の若い女性に限った話でもなかった。

 2008年に村を訪れると、カマルは、モスクの導師との結婚を最後に、すっかり落ち着いたようだった。よく家の周りで所在なげにしていた。

 娘のローザは18歳になっていた。離れた親戚の家で暮らしながら町の学校に通っていたので、5年ぶりくらいの再会だった。すっかり大人びたローザは、学校を途中でドロップアウトして、実家に戻ってきていた。最近、近くのコーヒー農園でコーヒー豆の選別の仕事をはじめたという。

 村では女性たちの海外出稼ぎがブームになっていた。ローザも外国に働きに行く、と言う。彼女の本音を探ろうと、私はビデオカメラを回しながら、インタビューをはじめた。


(つづく)

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアや中東都市部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎの問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。

『平日開店ミシマガジン』では「<構築>人類学入門」、KYOTO的では「エチオピア的」を連載した。

立教大学社会学部松村研究室

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