月刊 越尾比屋人

第16回 カマルとローザ(後編)

2014.07.23更新

*前編はこちら

 私はローザに訊ねた。
「なぜ海外に行こうと思ったの?」
「お金がないからね。稼ぐためよ」
 ローザはカメラの前に座らされて、少しはにかみながら答える。

「自分で行こうと思ったの?」
「そう。自分で考えたの」
 彼女はきっぱりと言った。

 外国のことなどまるで知らない彼女が、なぜ自分で海外に行くことを決断したのか。私にはその理由がまだよく理解できなかった。

 稼ぎのない母親のカマルとコーヒー農園を定年で辞めて年金暮らしの祖父との生活に、たしかに余裕はなかった。ただ、小さいながらも畑やコーヒー林があり、食べていくのに困るというほどではなかった。

 数日後、私はもう一度、ローザに同じ質問を繰り返した。
「なんで海外に出稼ぎに行きたいって思ったの?」
「だって、友だちもみんな海外に行ってしまったのよ。一緒に学校に通ってた仲のいい子たちも、スーダンとドバイに行って、残っているのは私だけよ」

その言葉を聞いて、ローザの気持ちが少しわかった気がした。
「あたりまえ」の基準が変わったのだ。村で結婚して、農民の妻となって生きるという「あたりまえ」の生活は過去のものとなった。

 一緒に村で生まれ育った同世代の友だちがあらたな道を歩み始めている。ローザには、お金を稼ぐということ以上に、ひとりだけとり残されたくないという思いが強いようだった。

 若い女性たちは、それまでとは違う選択肢を手にした。そして、新しい生き方を選び始めている。それが彼女たちにとって「希望」なのだ。

 当初、ローザはバーレーンに行くための手続きを進めていた。村の商人を介して首都の仲介業者を紹介され、パスポートの取得や健康診断などを終えていた。

 その手続きだけで1000ブル(約1万円)ほどのお金がかかっていた。
 もちろん借金だ。もう後戻りはできない。

 仲介業者からは、行き先がバーレーンからベイルートに変更になったと連絡があった。
 ローザは不安そうな顔をして私に訊いた。
「ベイルートでは、腎臓をとって売られるって話だけど、ほんと?」
「そんなことはないよ。大都会だよ」
「そう? バーレンだったらよかったんだけど、渡航にお金がかかるの。ベイルートだったら、タダで行けて、働いて返せばいいんだって。私たちはお金がないから出稼ぎに行くわけでしょ。働く前にお金なんて払えないわよ」

 ローザは、まだ心配のようだった。
 ある晩、同じように海外渡航の手続きを進めていたヤスィンの妻アバイネシにも訊ねた。
「アバイネシ、ベイルートって悪い国なの?」
「私が行ったことあるとでも思ってるの? そんなの知らないわよ!」

 そのアバイネシも、数日後、ビザの申請のためにアジスに向かった。
 ローザは、私の携帯から仲介業者に電話した。

「私のビザは下りた? ・・・そう、まだ待っているところなのね。アバイネシは手続き終わった? ・・・今日、行ってきたところなのね。子どもたちはみんな元気にしているって伝えてね」

 電話を切ると、ローザは落胆した表情でつぶやいた。
「きっと写真を見て、かわいい子から先にビザを出しているんだわ。私がかわいくないから、後回しになっているのよ・・・」

 その直後、エチオピア政府がライセンスのない違法な仲介業者の摘発に乗り出した。ローザやアバイネシの渡航手続きを進めていた業者とも、それっきり連絡がとれなくなった。

 ローザは村を離れ、ジンマの町に働きに出たと聞いた。
 そして数カ月後、首都にいた私のもとに、ふらりと姿をあらわした。

「どうしたの? ひとりで来たの? 行く当てはあるの?」
 質問攻めにする私に、ローザはめんどくさそうに答えた。
「知り合いの家に泊るわ。もう村にはいられないの。祖父に借金させて、返せないから」

 日が暮れかかっていた。私はローザに言った。
「明日、一緒にご飯を食べよう。今後どうするか、ちゃんと考えた方がいい。お昼にまた来てくれる?」
「うん、わかった。じゃ、またね」
 ローザはうなづくと、ミニバスに乗って帰っていった。

 次の日、ローザは来なかった。連絡をとるすべもなかった。
 しばらくして、ローザが陸路でスーダンに密入国したと聞いた。家政婦として働き始めたという。

 あれから数年がたつ。昨年、村を訪れたとき、カマルにローザのことを訊ねた。
「最近、ローザからは連絡ある?」
「もう連絡もないわ。最初だけ少しお金も送ってきてたけど、最近はそれもない」
「あっちでエチオピアの男性と結婚したんでしょ?」
「そうなんだけど、その後、別れたみたい・・・どうやって暮らしているんだか」

 カマルは、淡々と話をした。心から心配しているのか、もう諦めているのか、その表情からはよくわからなかった。

 以前は、コーヒーを飲みながら笑い話をして、よくみんなを笑わせていたカマルだったが、最近はあまり元気がない。浮ついた話もめっきりなくなった。

 女性たちは、どんな生き方をしていくのか。「希望」の先の未来は、まだ見えてこない。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアや中東都市部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎの問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。

『平日開店ミシマガジン』では「<構築>人類学入門」、KYOTO的では「エチオピア的」を連載した。

立教大学社会学部松村研究室

バックナンバー