月刊 越尾比屋人

第17回 ウバンチ(前編)

2014.08.20更新

 ウバンチは、アッバ・オリのすぐ近所の家の女の子だ。両親は南部の「ダウロ」という少数民族の出身で、父親が国営コーヒー農園で働いていた。

 私が最初に村を訪れたとき8歳くらいだったはずだが、当時の彼女の記憶はない。はっきりと憶えているのは、2006年12月に3年ぶりに村を訪ねたときのことだ。

 イスラームの祝祭であるアラファの日。
 村のムスリムたちは、朝から綺麗におめかししている。いつもは薄汚れた恰好の子どもたちも、買ってもらったばかりの真新しい服で着飾っていた。

 この年、私は初めて村にデジタルカメラを持ってきた。撮った写真をその場で見ることができ、アッバ・オリの孫たちも嬉しそうにカメラの前でポーズを撮っては、「見せて、見せて」とカメラの裏側をのぞき込んだ。村の写真屋さんにでもなった気分だった。

 家族の記念写真をひととおり撮影し終えたあと、1人の女の子が訪ねてきた。
 「ミスター、私の写真も撮ってちょうだい!」
 それがウバンチだった。ちょうど日本の中学生くらいに見えた。14歳ほどだったはずだ。カメラを構えると、恥じらいの笑みを抑えて、きりっとした表情をつくってみせた。

 村では、イスラームの祝祭日に、キリスト教徒がお祝いを言いにムスリムの家を訪ねる。
 「無事、この日を迎えて、おめでとうございます」
 「一緒にこの日を迎えられたことを感謝します」
 こう言葉を交わし、コーヒーを一緒に飲んだり、食事をともにしたりする。

 この日の朝、キリスト教徒であるウバンチの母親もアッバ・オリの家を訪ねてきていた。それで私がみんなの写真を撮っていることを聞いたようだ。
 
 次の日、ウバンチは友人を連れてやってきた。
 「もう一回、写真撮って。今度は、ふたりの写真ね」

 親から借りたのか、ちょっと大人びたジャケットを羽織って、髪をきれいに編み込んでいた。耳には大きなイヤリングが光り、胸元には十字架のネックレスを下げていた。

 ふたりは肩に手を回したり、ちょっと色っぽい表情をしてみせたりしながら、カメラの前でポーズをとった。
 「次来るとき、写真もってくるの忘れないでね。約束よ!」
 ウバンチたちはそう言うと、ケタケタと甲高い笑い声を残して帰っていった。

 アッバ・オリの家に戻ると、みんなでタッジ(蜂蜜酒)を飲んでいる。この地方のムスリムは、あまり厳格ではないので、ときにはお酒も飲む。私もコップに2杯ほど飲んだ。アッバ・オリたちはみんな上機嫌になって、楽しそうに談笑している。顔が赤くなるのを感じながら、私もひさしぶりに村の幸福な時間に酔いしれた。

 それから2年あまりたった2009年3月。村に行くと、ヤスィンからウバンチの噂を聞く。海外に出稼ぎに行って、病気になって帰ってきたという。

 カメラと三脚をもって、ウバンチの家を訪ねる。彼女に海外出稼ぎの経験を聞かせてほしいとお願いすると、快くインタビューの撮影に応じてくれた。
 
 「名前は?」
 「ウバンチ・・・あっちでの名前? あっちでは"ゼイナバ"ってムスリムの名前に変えていたの」
 「そうなんだ。いま年齢は?」
 「17歳」
 
 かしこまった顔でカメラの前に座り、こちらの質問にてきぱきと答える。  
 「海外ではどんな仕事をしていたの?」 
 「家の掃除と、お客さんが来たら食事を出したりしてたわ。朝起きて、朝食のあと、トイレの掃除をして、居間と家族の寝室の掃除をするの」

 ウバンチは、半年ほど前にクウェートで家政婦として働きはじめた。彼女のほかにスリランカ、フィリピン、インドの3人の家政婦がいたという。

 雇い主の家族は大家族で、かなり裕福な家だったようだ。敷地には3つの建物があり、彼女は7階建ての家の清掃を担当していた。そこには16もトイレがあって、それを上から下まで掃除していた。それが終わると、今度はまた上の階から順番に掃除機で居間の掃除にかかる。

 「給料はどうだったの?」
 「結局、何ももたず逃げ出してきたから、まったくもらってないわ」
 「全然、払ってくれなかったの?」
 「雇い主の男性が、私の給料を銀行で預かっておくと言うの。私も自分でもってたらなくなると思って、それでいいと言ったわ。でも、殺されそうになったから、そのお金を受けとらないまま、家を飛び出したの」

 「え? 殺されそうになったって、どういうこと?」     
 「血を吐いたのよ。雇い主の男性に投げ飛ばされて、家具の角で胸を打ったの。そのときは、21日間も入院したわ」
 彼女は、雇い主から受けた暴力の様子を淡々と語った。
 「でも、何で彼はそんなことをしたの?」
 「えっ、それは・・・」
 隣に座る母親のほうをちらっとみて、ウバンチは戸惑ったように笑った。


後編につづく

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアや中東都市部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎの問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。

『平日開店ミシマガジン』では「<構築>人類学入門」、KYOTO的では「エチオピア的」を連載した。

立教大学社会学部松村研究室

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