月刊 越尾比屋人

第20回 タータック(後編)

2014.11.20更新

「タータックのおじさんとおばさんが、彼が兵士になることに猛反対して・・・」
 ベイビーは、じっと息をのむ私たちを血走った目で見まわした。

「すごい剣幕で、タータックを叱りつけていたよ。まだ学校も終えていないのに、戦争なんか行くべきではないって」
「それでタータックも受け入れたの?」
「タータックも最初は聞く耳をもたなかった。もう決めたことだからって。でも、みんなで何度も説得した。それで彼をしばらく親戚の家に預けることにしたんだ。アガロにいたら兵士の募集が続いているし、また変な気を起こすかもしれないって」

 全身から力が抜けた。タータックは戦場には行かない。ほんとによかった、と安堵する一方で、なぜ自分はきちんと反対しなかったんだと、また情けなくなった。御守りを渡すなんて馬鹿げている。体を張ってでも止めるべきだった。

 彼にあげるはずだった御守りをザックにしまい、寝袋にもぐり込む。何度もため息が出て、寝つけない。自分の未熟さを噛みしめた夜だった。

 翌日の早朝、タータックはバスで親戚のいるアジスに向かった。見送ったベイビーによると、まだあまり納得していない様子だったそうだ。でも、これでよかった。

 その日、アガロでは23台のミニバスがチャーターされ、志願した若者たちを軍のキャンプに次々と移送していった。仕事のない若者は街や村にあふれている。いったん軍に入れば、7年間は毎月の給料を保障されるという噂だった。

 2年間の戦争で、エチオピアは30万人の兵士を前線に送り込んだ。そして、7万人から10万人の死傷者が出たと言われる。国境地帯では、多くの人が住む場所を失い、数十万人規模の難民が発生した。何のための戦争だったのか、いまだによくわからない。

 タータックは、夏休みの間、アジス近郊の親戚の家で過ごし、1カ月ほどでアガロに戻ってきた。帰ってきた彼は、戦場に行こうとしたことなど忘れたかのようだった。もう誰も話題にもしなかった。

 タータックは高校を卒業し、2年間の職業訓練学校でコンピューター・サイエンスを専攻した。アガロにパソコンなんて1台もなかった時代だ。先見の明があったのか、卒業後、ジンマ大学のシステム管理の職員として就職できた。ここ数年は、エチオピア各地に新設された大学のネットワーク構築などの作業で、よく出張もして忙しそうに働いている。

 いまも村に行くときは、かならずジンマに泊ってタータックと食事をしたり、買物に付き合ってもらったりしている。今年の夏も、一緒だった。兵士になると言い出したときから16年が過ぎた。彼も30歳をこえていた。大学講師の彼女がいる。

 ジンマを去る日の昼、空港に行くまでの間、喫茶店でレモンティーを飲みながら話した。
「まだ結婚はしないの?」
「したいとは思うけど、お金がかかるからね・・・」
「でも、だいぶ働いたから、貯まったんじゃない?」
「いや、全然だめだよ。これから生活がよくなる見通しもないし、最近、すべてを捨てて、海外に密航したくなってきたよ。なんか憂鬱なんだ・・・」
 タータックは真剣な表情で言った。

 海外に密航しても、稼げるのは一握りの者だけだ。1週間ほど前も、トラックで南アフリカに向かっていたエチオピア人がコンテナのなかで何人も死体となって見つかった事件が報道されていた。

「毎月給料がもらえるだけでも恵まれていると思うけど、十分じゃない?」
タータックは首を横に振った。
「最近は携帯代だけで、すごいお金がかかる。物価もどんどん上がっているし、家賃も毎年値上げだよ。この先、給料だけで豊かな生活ができないのは目に見えている」

 ふたりで話している間も、彼の携帯にはひっきりなしに友人から電話がかかってきた。いろんな商品が外国から入ってきて便利になる一方、それまで必要なかった出費が増えている。きれいな洋服を着て、携帯で話をしながら、喫茶店でお茶をする。村の基準からすれば十分に豊かにみえる彼も、今の生活に満足できない様子だった。

 彼の同世代でも、海外の親戚からの送金で、給料の数カ月分もする最新のスマートフォンを買ったり、新型のバイクを乗り回したりする者がいる。そうして「豊さ」の基準が高くなり、まっとうな給与所得者には手が届かなくなった。

 近年、エチオピアは毎年10%を超える経済成長を成し遂げ、統計的には確実に「貧困」が減少している。首都のアジスにはきれいなビルが建ち並び、外国資本のホテルも相次いでオープンした。しかし、私が出会う者たちの多くが、生活への不満を口にする。身の回りにきらびやかな商品が増え、よりよい生活への夢が膨らめば膨らむほど、貧窮感が日増しに高まっているかのようだ。

 経済成長とは何か、グローバル化とはどういうことか。エチオピアの人びとの複雑な思いから、その断片が垣間見える。 

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアや中東都市部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎの問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。

『平日開店ミシマガジン』では「<構築>人類学入門」、KYOTO的では「エチオピア的」を連載した。

立教大学社会学部松村研究室

バックナンバー