月刊 越尾比屋人

第21回 村の生活1

2014.12.28更新

 人類学者はフィールドワークと称して村に住み込む。いったいどんな生活をしているのか。アッバ・オリの家で暮らし始めた頃の日記から、ある一日の様子を描いてみよう。

 1998年12月13日。アッバ・オリ家に初めて泊った翌日。牛の放牧の調査をしていた頃だ。当時は、まだアンビセも手伝いに来てくれていた。ディノが結婚したばかりで、カマルの息子のシャムスも3歳くらいだった。いまは台所代わりに使われている草葺き屋根の家で迎えた朝。

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 あまり眠れなかった。ノミもいるようだ。床が固いのも気になってしまう。早朝、鶏の激しい鳴き声に目が覚めてからは、寝つけなかった。

 まずアッバ・オリが起きて外に出て行く。どうしたらいいのかわからず、横になったまま様子をみる。ディノが起き上がってから、私も外に出る。少し肌寒い。静かな朝だ。

 アンビセが来て、ディノと朝食の小麦のポリッジを食べる。食欲はある。隣のカマルの家でコーヒーを飲み、放牧地に下りる。牛の群れが集まっている。

 川のほうに行ってみる。以前と同じように牛の群れがいる。ぐるっと水場のほうにまわって、コーヒー林を抜け、集落に戻る。顔見知りの子どもがいて、「ひとつの群れはなくなった」という。理由はよくわからない。

 家にもどってメモをとる。静かであまり人もいないので、落ち着く。ディノと話したり、シャムスとオロモ語の練習をする。昼食は1時半頃。インジェラ。食欲があり、どんどん食べられる。通り沿いで間借りしていたときとは大違いだ。

 アッバ・オリがお祈りを済ませて食事をする横でくつろぐ。コーヒーが用意され、3杯ほど飲む。最初は濃く感じたコーヒーもおいしく思えるようになった。

 3時前に立ち上がる。別の放牧地に行ってみる。トウモロコシはすべて刈りとられている。牛の姿も見える。牧童のところに行って座る。夕方は5時まで集団で放牧するようになったという。少し話をして、坂を下り、コーヒー林の中を再び水場へ。川で水を飲みに行っていた群れが戻ってくるところ。川の水で手と顔を洗う。日差しがきつい。日傘が必要だ。

 川を渡って牛の群れを眺める。以前、遠くの放牧地で会った少年がいる。今はもうそこには行かないようだ。しばらく話を聞いて水場に戻る。私を呼ぶ声。木陰のほうに行くと、最初に仲良くなった青年がいる。あまり話もはずまないが、日差しが弱まるまで彼の隣に座っている。

 家に帰る。近所の女の子がシャムスを追いかけて、遊んでいる。その子にバナナの蔓で叩かれる。外に椅子を出して、メモをとる。子どもたちが騒々しい。暗くなると書けなくなるので、いまのうち。

 部屋に戻り、旅行中に怪我した傷口を消毒。なかなかよくならない。アッバ・オリがお祈りをしている間、ローザとアンビセと、オロモ語やアムハラ語で会話。オロモ語はなかなか上達しない。

 ディノが帰ってくるまで紅茶を飲んで待つ。ディノの生まれたばかりの赤ちゃんの具合があまりよくないらしい。夕食を食べながら、「邪視のせいだ」と話している。アッバ・オリが野球ボールほどのインジェラを私の口に入れようとする。さすがに一度では食べられない。またお腹いっぱいになった。寝袋にもぐり込んで寝たのが9時半過ぎ。


(つづく)

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアや中東都市部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎの問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。

『平日開店ミシマガジン』では「<構築>人類学入門」、KYOTO的では「エチオピア的」を連載した。

立教大学社会学部松村研究室

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