月刊 越尾比屋人

第22回 村の生活2

2015.01.27更新

 1998年12月19日。アッバ・オリ家で居候生活を始めて1週間がたった。
 イスラームの断食月(ラマダン)が始まり、私も最初の1日だけ断食する。

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 部屋で寝ていると、突然、「起きろ!」と大声で起こされる。はっと起き上がって時計を見ると、午前3時半。

 「早くこっちに来て食べろ!」
 「え? こんな時間に食事するの?」
 寝袋から這い出て、眠い目をこすりながら食事の輪に加わる。
 「夜中に起きてすぐ食べるなんて初めてだよ・・・」
 胃が動いていないのがわかる。なんだかおかしくて笑ってしまった。よくわからないまま、みんなも笑いが止まらない。ランプの灯りの下で、楽しい夜食。断食を経験してみるのも悪くない。

 翌朝、目覚めると、胃がもたれている。でも、しばらくするとお腹が空いてくるから不思議なものだ。「今日は断食する」と宣言してしまった。外に出て、日記をつける。みんなは早々に出かけて行く。ディノはコーヒー摘み。お母さんはアガロのマーケットへ。

 日記をつけ終わってから、アンビセに昨夜のマウリド(夜の儀式)について訊ねる。10時頃、牛の放牧地に行こうと思いながらも、アンビセとの話がはずんでしまう。

 「日本は、豊かでとてもいい国なんでしょ?」
 「たしかに豊かだけど、問題がないわけじゃない」
 「外人の国に問題なんてあるの!?」
 「もちろん。物価は高いし、生活が苦しい人もたくさんいる。自殺だって多いし・・・」
 「へぇー! そうなの?」
 アンビセは好奇心旺盛だ。私が村のことを質問すると、それと同じくらい日本や外国のことを訊いてくる。
 
 11時過ぎ、すっかり強くなった日差しのなか、川に向かう。川辺にはたくさんの人が出て、洗濯したり、身体を洗ったりしている。ひとりの牛を連れた少年が、「今日は放牧当番が女性だから、自分で放牧する」と言って、私が来た集落のほうに歩いて行く。たしかに当番が女性だと、あまり牛の群れを動かさず、一カ所にとどまっていることが多いようだ。

 歩き回る気もせず、木陰で靴を脱いで寝転がる。涼しい。放牧地にひとりでいても、落ち着いてくつろげるようになった。自転車に乗った兄ちゃんが「川は人が多いか?」と訊いて、通り過ぎていく。あとから来た2人の子どもを相手に話しをする。兄と妹。

 12時半頃、兄が立ち上がり、妹があとを追う。牛の群れが川の下流にいるのを確かめ、私も木陰から出る。2人に追いつく。兄が水場で水を汲んでいる。

 兄が手を洗って私に見せると、にこっと笑う。
 「ほら、白いでしょ?」
 「いや、外人の手はもっと白いよ」
 私が水に手をかざすのを、まだ小さな妹が興味津々にのぞき込む。

 集落に戻る。さすがに食べていないと疲れてくる。しっかりした思考ができず、投げやりになる。家に帰ると、ディノもコーヒー摘みから戻ってくる。

 「え?ほんとに断食しているの?」
 「いちおう今日だけは・・・」
 「えらい!」

 彼とともに昼過ぎの礼拝をする。アッバ・オリは、私が断食していることに何やら言っていたが、賛成なのか、反対なのか、よくわからない(いま思うと「食事を出して食べさせなさい」と言ったのだろう)。

 少し休んで、ディノとコーヒー農園の長屋に行く。ディノの奥さんの実家で、生まれたばかりの赤ちゃんを見る。ディノが姪っ子と戯れるのを横で笑ってみている。彼女の言動がいちいちおもしろい。3時半頃までいて、家に帰る。

 いよいよ腹が減ってきた。起きていると空腹でつらいので、横になる。ディノの家で小一時間ほど寝る。起きて5時半。アンビセと話していると、ディノの声がする。庭のパパイヤをもぎ、一緒にジュース作りの準備をする。そして、日没。断食の終了。おかゆが用意される。

 ディノが私に向かって声をあげる。 
 「お前は先に食べてろ!」
 「ひとりで食べるのは・・・」
 「いいから、もう始めてろ!」

 ディノにうながされ、おかゆの入ったカップに口をつける。なめるようにすする。おいしい。腹にしみわたっていく。お祈りの済んだディノとアッバ・オリと三人で、あらためておかゆをすする。

 「いやぁ、たいへんだったなぁ・・・」
 パパイヤ・ジュースを一気に飲み干し、ディノがつぶやく。一日の断食を耐えた苦しさを共有できる。まねごとに過ぎないが、断食してみてよかった。少し家族の一員になれた気がした。

 すぐにインジェラ料理が出てきて、腹いっぱい食べる。隣に住むアッバ・オリの弟の家を訪ねる。そこでも「外人も一緒に断食したのか?」と、みんなの話の種になる。

 それにしても急に食べて腹が苦しい。汗が噴き出す。身体のなかから熱がわき出てくるようだ。「少し休め」と言われ、寝袋にもぐる。まもなく眠ってしまう。思ったより疲れていたようだ。夜中の食事にも加わらず、朝まで眠り続ける。


(つづく)

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアや中東都市部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎの問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。

『平日開店ミシマガジン』では「<構築>人類学入門」、KYOTO的では「エチオピア的」を連載した。

立教大学社会学部松村研究室

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