月刊 越尾比屋人

第23回 村の生活3

2015.02.26更新

 1999年1月5日の夜。
 みんなでディノの結婚相手の女性の家を訪ね、コーヒーを飲み、チャットを噛む。
 村を離れる日が近づいていた。

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 ディノと奥さんのブルトカンと話をする。ときどきディノがブルトカンとじゃれあうので、「もう帰るぞ!」と言って立ち上がったりしながら、談笑。しばらくして、アッバ・オリが家に帰るというので、あとを追う。

 家に戻ると、12時を回っていた。食事のインジェラを囲む。みんなで同じ皿をつつきながら、アッバ・オリのタバコの話などで盛り上がる。笑いにあふれている。オロモ語とアムハラ語で会話が楽しめるようになった。「明日、断食するから!」と、宣言する。

 眠りについたのは午前2時過ぎ。蜂蜜ジュースの飲み過ぎで、3時半と5時過ぎに目が覚め、外で用を足す。8時半頃、下の離れのトイレへ。腹の調子がよくない。9時過ぎに野帖をもって、放牧地に行く。

 アバイネシ(後のヤスィンの奥さん)が大声をあげながら牛を放牧地に連れて行くのを見送り、いつもの場所に腰掛ける。放牧集団の長である男性と話をする。

 「今日、あとでゆっくり話を聞きたいんですが・・・」
 「これから集まりがあるから、後がいい」
 男性は少し戸惑いながら答えた。何を聞かれるのか、不安なのかもしれない。
 「明日、村を離れるので、最後に牛の放牧のことを伺いたいんです」
 「わかった。じゃあ、午後に家に来なさい」

 ひとまずアポをとって、家にもどる。外に椅子を出し、日記をつける。放牧されている牛の頭数などをノートにまとめる。ひと段落して、中村元の『ブッダのことば』を読み返していると、ディノから声がかかる。

 「そんなところでひとりで本を読むなよ。これから下のチャット畑に行って、柵を補強するから、一緒に来て、そこで読めばいい」
 「え? あぁ、わかったよ・・・」

 「本はひとりで読むものなんだけど」と思いながらも、ディノの後についていく。村では、ひとりで何かしていると、きまって声がかかる。つねに一緒に時間と場所を共有することが大切にされる。「孤独」は、もっとも避けられるべき状況なのだ。

 ディノとアッバ・オリが仕事をしている横で、本を読んでいるわけにもいかない。「おれも手伝うよ」と言うが、何をしていいのかわからない。彼らの仕事ぶりを眺める。柵の破れたところに新しい枝を植え込み、そこにモロコシの茎を両側から挟むように縛りつけていく。見事な手仕事だ。

 日本では身の回りのことでも、すべて「労働」を金で買うようになった。生活の大半は人任せだ。個々人が好き勝手に生きる個人主義の世の中なのに、高度に他人の労働に依存している。村では、水汲み、薪集め、コーヒー摘み、ほとんどのことを自分でやる。自分の生活は、自分で切り盛りする。生きる基盤が、みずからの手で維持されている。みんなちゃんと生きている。そんなことを考えていた。

 残り少なくなったモノクロ・フィルムで、アッバ・オリを撮る。真剣に額に汗して働く姿が凜々しい。少し手伝ってみるが、うまくいかない。棘が刺さって、指を怪我する。

 部屋に戻り、牛の放牧についての質問をおさらいする。2時半頃、放牧集団の長の家を訪ねる。お互い、いつもと違ってかしこまった感じ。緊張感が漂う。30分ほど話すと気持ちもほぐれて、笑いがこぼれる。アムハラ語でなんとかインタビューらしきものができる。ほっと一安心してお礼を言う。

 家に帰り、聞いたことを思い出しながら、ノートに整理する。4時頃、することがなくなる。腹も減って、時間ばかりが気になる。5時前にディノと水汲みにいく。どこで覚えたのか、少年たちが「フランクをくれ」と言ってくる。村ではめずらしい。からかって戯れる。そういえば、村で大人が子どもと遊んでいる姿など、見たことがない。

 ディノのお祈りが済み、ジェリカンを下げて家に帰る。アッバ・オリも柵の仕事から帰ってくる。ンママと夫婦ふたりの写真を撮る。みんな一緒の記念写真も。

 やっと時間になり、お粥を食べる。断食も3週間近くになり、みんなつらそうだ。蜂蜜ジュースを飲み、私もどっと疲れが出る。横になっていると、腹に違和感を覚える。トイレに立つと、ひどい下痢。これまでで最悪に近い。コーヒーを飲むあいだも、横になる。蜂蜜ジュースが発酵して、少しアルコールがあるせいか、ディノが酔ったように絡んでくる。

 「ほら、タバコを吸えよ」
 「いいよ」
 「いいから、吸え!」
 彼なりに別れを惜しんでいるのかもしれない。と、ディノが急に立ち上がる。
 「蜂蜜をの巣箱を下ろしに行こう!」
 「え? いまから?」

 慌ててカメラをとって後をついていく。ディノはさっさとロープを手に木に登り、巣箱を下ろしはじめた。なかを開くと、ほとんど蜂蜜はない。時期が早すぎたようだ。 
 「お前に食べさせたかったんだけどな・・・」。ディノのその言葉がつらい。

 アッバ・オリも今夜は言葉少な。最後の夜食。「もうこうやって食べさせるのも最後だ」と、野球ボールほどのインジェラを私の口に入れようとする。夜が更ける。

 翌朝、7時過ぎにトイレに立つ。まだ下痢がひどい。離れのバナナの下にしゃがんでいると、落ち着く。誰も来ないし、静かだ。部屋に戻り、寝転がる。眠ることはできない。ぼんやりいろんなことを考えていた気がする。ディノが起きて、出かけて行く。
 
 私も起き上がり、外で日記をつける。朝食に呼ばれ、麦のお粥にジャガイモやニンジンが入っている。美味しく腹いっぱい食べる。一息ついて、リュックを持ち出し、荷物をまとめる。と、またお腹が痛む。トイレに走る。食べると出る。

 荷物をまとめる。ンママが袋に入れたコーヒー豆をくれる。一度、しまった厚手のタオルを取り出し、ンママに渡す。「マスタオシャ(思い出の品)だ」と。お昼を食べていけ、と言われるが、お腹が不安だし、食欲もなく、断ってリュックを背負う。ディノとアッバ・オリが柵作りから戻ってくる。

 アッバ・オリと肩を抱き合う。アッバ・オリの悲しそうな表情に、私もぐっと来てしまう。熱いものが目にたまる。目をそらし、こらえる。コーヒー林のなかをみんなで黙ってぞろぞろと歩く。ディノがサトウキビの束をもってきてくれる。ひとかけら囓る。歯で皮を剥くのもうまくなった。

 2時間ほど待って、ようやく車が来る。リュックを膝の上に載せ、助手席に座る。窓から手を出して振る。車が走り出し、みんなの姿がすぐに見えなくなる。あっけない別れだった。濃密な時間を過ごした村の生活が終わった。ぽっかり心に穴が空いたようだ。ぼぉっと車窓の風景を眺める。いろんなことがあった。でも、まだうまく消化できない。

第23回

(おわり)

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアや中東都市部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎの問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。

『平日開店ミシマガジン』では「<構築>人類学入門」、KYOTO的では「エチオピア的」を連載した。

立教大学社会学部松村研究室

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