月刊 越尾比屋人

第24回 複数の<世界>への想像力

2015.03.29更新

 僕らは、日々、いろんな出来事に囲まれて生きている。自分の身の回りだけでなく、テレビやネットで知った無数の出来事から、世界の姿を想像している。

 ニュースを観ていると、たとえ自分が幸せでも、安穏としていられない気分になる。この世界で、どう生きるべきか、問われてしまう。でも結局、何も変らない時間が流れていく。適度に世の中の出来事を忘れることが、情報過多の時代の生きる術なのかもしれない。

 そんなとき、ふとエチオピアの人びとのことを思い出す。彼らは、いまこの瞬間も、あの村で僕らとはまるで異なる現実を生きている。もちろん、日本とエチオピアには深いつながりがある。でも、たぶん彼らは違うかたちでこの世界を経験している。

 日本で起きている出来事を、彼らはどう感じるだろうか。日本人が真面目な顔をして議論したり、悩んだりしていることは、彼らの目にも「問題」だと映るだろうか。問題だとしたら、どういう意味で・・・。そんな疑問が、考えを駆動するエンジンになる。

 他者と出会う意味は、そこにある。別にエチオピアとか遠い他者である必要はない。日本のなかでも、みんな異なる境遇を生きている。そんな他者との出会いは、自分と違う視点を与えてくれる。それが別の世界の姿を想像する足場になる。
 
 エチオピアの村でお世話になってきたアッバ・オリ一家は、ムスリムだ。ニュースで、イスラームをテロリズムと結びつける表現を目にすると、彼らのことが目に浮かぶ。人間の集団をひと言で括ってしまうことが、どんなに無茶なことか、実感としてわかる。

 この問題の根は深い。何かを「わかる」ためには、複雑な出来事をひとつの概念と結びつける必要がある。「わからない」状態は、気味が悪い。不安になる。だから、人は物事を単純化して、自分を納得させる。「イスラーム」=「テロリズム」といった感じで。これは人間の本性に由来する機制だ。それを乗り越えるのは容易ではない。

 「わからない」よりも、「わかる」ほうがいい。ふつうはそう思う。学問も、何かを「わかる」ためにあると思われている。でも、ちょっと違う。

 人類学者が現地の言葉を学び、人びとと生活をともにするのは、何かを手っ取り早く「わかる」ためではない。むしろ、現実の複雑さを目に焼き付け、そう簡単には理解できない事実を心に刻むためだ。「わかりたい」という欲求にぎりぎりまで抗して、「わからない」状態にとどまる。この「わからなさ」への耐性。それが学問の肝だ。

 人間関係だって同じ。「あいつは○○だよね」とわかった気になると、もうあんまり仲は深まらない。どこか「わからなさ」が残るからこそ、人は惹かれ合うものだ。

 だから、他者について、異国の人びとについて、あんまり「わかったようなこと」を言わないほうがいい。人間を理解する困難さに謙虚になったほうがいい。自戒を込めてそう思う。

 論文などで、自分も「わかったようなこと」を書いてきた。でも、エチオピアで目にしてきた人びとの生は、「貧困」とか、「文化」とか、「グローバル化」とか、ひと言で括るにはあまりに生々しく、ほんとうはどこまでもとらえがたい。

 今回の連載では、単純な説明におさまらない人びとの姿を、フィールド日記をもとに書いてきた。それは「余剰」であると同時に、思考の「源泉」でもある。

 人間を知る。その人間が集まった社会/世界を理解する。その遙かな道のりを、出会った人の顔を思い浮かべながら、一歩ずつ進む。そんな地味な連載を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアや中東都市部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎの問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。

『平日開店ミシマガジン』では「<構築>人類学入門」、KYOTO的では「エチオピア的」を連載した。

立教大学社会学部松村研究室

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